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2004.05.07

会計戦略の発想法、もうすぐ読了

このGWも利用して、すこしずつ「会計戦略の発想法」を読んでいます。いわゆる「当たり前」のことが書いてありますが、当たり前のことを当たり前に出来ないのがこの世の中の難しさかな、と感じています(三菱ふそうのリコール隠しも結局ガバナンスが機能しなかった例でしょうし)

などということをつらつら書きつつトラックバックを重ねていく中で、総合ランキング11位、というところまでなんとかこぎつけられました。今回は、初めて直接トラックバックもいただきましたし。皆さんの楽しい企画にのせてもらうのも良いものだと感じています。

さて、今日は日経BPのコラムもよみました。ジェネリック医薬品がテーマになっています。確かに、医療を考えた場合、「今まで直らなかった病気を治す新薬」の方がどうしてもニュースとして、そして話題としては良く取り上げられますが、実際には既に分かっている方法をルーチンワークとして治していく、ということの方が多いでしょう。そうなると、ここにかかるコストを削っていくことがトータルの医療費を減らしてくこととして重要である、と感じます。

医療を経済の面から考えた場合、独立した経営体の病院が多数ある、というようには捉えられないと思います。なぜなら、保険点数という形で値段が均一化されており、競争が働かないようになっているからです。もちろん、過去において「医者にかかることが出来なかった人が多い状況を国民皆保険により誰でも医療の恩恵にあずかることができるようになった」ということは大きな功績である、と思います。ただ、コスト意識が働きにくいこと、事が生命に関わることゆえ、判断ミスをした場合のリスクが大きいためついつい高価な方を選んでしまいがちである、ということが問題を難しくしていると思っています。

これって、実は教育においても同じことが言えます。教育が重要であることは誰もが認識しているでしょう。では、「どれだけのコストをかけて、どういうことを行い、どのような成果が上がればよいのか」という具体的な内容はあまり議論されていません。というのは、定量的に考えること、つまり「ここまで採用する」は対偶として「これ以外は切り捨てる」という議論につながり、「最高でないことは悪である」ということになってしまうからです。さらに、判断の責任論につながるとついつい「安心」に流れてしまい、コスト構造が先送りになってしまいます。

判断には権限と責任が伴いますが、どちらも取りたがらない、ということをなんとかして脱していくよう社会を変えていくよう努力をしていかないといけないのでしょう。

ま、政治家の中でも比較的はっきり言うタイプの河野太郎氏も「政策が修正されないのは政治家の責任だという気がしてきた」と書いていますので、今後は少しずつ変わっていくのかもしれません。

2004 05 07 [経済・政治・国際] | 固定リンク

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