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2004.07.31

成田空港と観光客受け入れ

今日、所要があり成田空港に行ってきました。で、レストラン・商店エリアを見てみたのですが、何か羽田とあまり違いが感じられません。海外仕様の電気製品の店があるところなどはそれらしいのですが、商店の表示もほとんど日本語のみで海外から来た観光客が帰国時に何か買う、というような店は少ないように感じました。

1昨年バンクーバー、今年ソウルの仁川空港を訪れる機会があったのですが、どちらも日本人を含めた旅行客向けにも店が準備しています。しかし、成田空港の店を見ると日本人が出国する際の店であり、外国人の旅行客が最初/最後に訪れる店としては少し寂しいかな、と思いました。今の成田空港のターミナルビルが手狭ということもあるでしょうが、海外からの観光客数世界で31位、という理由の一つがこういうところにもあるのかな、と感じた次第です。

今、日本人が国外へ旅行するのは当たり前になりました。逆に、外国人の一般旅行客も同程度やってくる、それに対する「誠実な」商売というのはもっと工夫した方が良いように思います。

(ただ、日本の伝統的な観光地が一番苦手な点かもしれませんが)

2004 07 31 [旅行・地域] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

銀行は巨大化したほうがもうかるの?

東京三菱フィナンシャルグループ(以下MTFG)とUFJホールディングス(以下UFJ)との経営統合のニュースが流れてから、今度は三井住友フィナンシャルグループ(以下SMBC)から経営統合の申し入れがあった、との報道がありました。まるで三角関係のもつれのようにも見えます。

さて、この状況、他にも色々類似例があると思いますが、私は自動車業界の動きを思い出しました。400万台クラブ、なんて再編がかますびしかったころの話です。

自動車業界、数年前に400万台規模の生産量が無いと生き残れない、ということで資本参入などが相次ぎました。しかし、実際の各社の状況を見るとダイムラークライスラーはクライスラー部門を生かせずかつ三菱の自爆により空中分解、フォードはマツダやボルボ等を傘下におさめるものの本体が傾いて逆にマツダ経験者が要職につく、GMはもともと緩やかな連合体だからオペルやサーブやスバルやスズキは独自性を強く出している、ということで「でかけりゃいいってものじゃないでしょ」状況を作っています。

翻って、銀行を考えた場合、「でかくなったら儲かるの?」という疑問が生じます。単に「ライバルがいなくなって楽ができる」だけのように感じるのですよね。

小規模の金融業者の方が実は利益は良いのではないか、という気がしてなりません。

ま、普通に考えれば「東海エリアの優良顧客と美味しい取引がしたい」から、旧東海銀行を内部にもつUFJと、とかの話になりますが、今企業(特に優良企業)は、借りるくらいなら市場調達、とか借りてもいいけど金利は下げてね、ということで美味しい市場ではなくなっているように感じます・・やはり信託ですね。金利ではなく手数料で稼ぐ、ということでは。

ただまあ、資産規模では「ゆうちょ」にはどちらの経営統合でも届かない現実があるわけです。で、郵政民営化後に「ゆうちょ」がローンを売り出したりしたら・・えらいことになりますね。

大蔵省vs郵政省(古い名前ですが)で喧嘩している場合ではないと思うのですが、いまだに「商品力で勝負する」という体質に銀行はなっていないように感じます。

いっそのこと、ぜんぶまとめて「日本銀行」と合併しますか。(ゆうちょ民営化とセットなら独禁法もオッケー)

2004 07 31 [経済・政治・国際] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004.07.30

IP電話とという技術と通信インフラのありかたと

IP電話、というのは音声通信を実現するための技術です。高速デジタル回線に対し、音声通信の帯域が狭いことで相対的に安価な通信を提供できるということですね。現行の通常回線にしても、ずっと以前からデジタル化はされていたため、プロトコルがIPではない、というだけでデジタル回線を使っていること自体は同じだったわけです。

(ATMとかというと懐かしいという人がいますかな?)


さて、緊急通信を含むインフラとしての広義の「電話」とIP電話とは矛盾するものではありません。現在IP電話では110番がかけられない、というのは単に「今と同じように回線固定(発進側から切れない)や位置認識ができない」というだけであり、技術的に解決不能ということでは無いでしょう。従来の回線交換式の電話にあわせて作ったシステムにそのまま乗らない、というだけであり、IP電話が主流であればそれにあわせた緊急通報システムにすればよいだけの話です。実際、現在の緊急通報のかなりの部分が携帯電話経由であり、携帯電話システムにあわせた緊急通報システムができつつあります。

情報サービスと通信にしても、分類していくことが無意味になりつつあります。今のケータイは、「音声通信」をするシステムではなく、メールや画像を含めた総合コミュニケーションツール、という方が正しい見方でしょう。どちらにしても、「地域性」ということでの縛りが何の意味も持たないことではIP電話もケータイも同様かと思います(ケータイの通話料金って、市内/市外というレベルではなく、もっと広い営業エリア単位、というのはあまり知られていません)。

規制と競争といいますが、このIP電話に関して言えば技術をどのように使うか、そのためのルール作りをどうするか、というレベルの話であって、単純に「規制」という括りで語るのは問題があると感じています(インターネットは、技術的には"IP(Internet Protocol)"を守らなければ通信ができない、という「規制」がありますが、これさえ守れば何を通そうが問題にしない、という点でオープンです。緊急通報システムにしても、方式を決めてそれに則れば誰でも入れる、という形を取れば政治でいうところの「規制」にはならなくなりますね)。

私個人の経験でいえば、電話に関しては「日本高速通信」→「KDD」→「東京電話」→「BB Phone」と動いており、かつどこに通話するかで色々と工夫してきました。もっとも、最初の2社は既に他の会社と一緒になっており当時の形はとどめていません。

「ユニバーサルサービス」として通信をどこまで届けるか、ということは郵政民営化論議と似ていると思います。ただ、ソフトバンクで言えば当初からかなりの地方までサービスを広げており、それがNTTの尻に火をつけた、と思っています。ゆうパックがクロネコに触発されたように。

(通信バックボーンに関して誰が整備すべきかは、道路に似ていると思います。ただ、道路は応援団がたくさんいるけど、光ファイバーには土着応援団はいないんだよなぁ・・)


2004 07 30 [パソコン・インターネット] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004.07.28

論議と実行の壁

Blogの普及とともに、「開かれていながら繋がっている」という状況が広がり、色々な意見が多く出されるようになってきました。総評論家時代、といえるかも知れません。特に匿名で物が言える、ということはこの状況に拍車をかけていると思います。

Blogは匿名か否か、というのはすでに議論が多くされていますが、2ちゃんねる的に言えば「コテハン」なわけですね。ただ、昔のパソ通の雰囲気で言えば、「ハンドル」は別人格であり、複数のハンドルを使い分けることで実質的な匿名を確保する、ということもありました。

また、ハンドルというネットワーク上の専用の名前を使うことは、現実社会での役割とは別、という意思表示をしているようにも思えます。そこまで行かなくても、「ここで論議している内容は現実の自分の立場に影響を与えないようにしている」という防御装置として機能していると思います。

であるならば、現実世界との交渉が求められる「実行」に移るには、本人にとっては防御壁が無くなる事を意味するのですよね。特に、「今住んでいる地域社会」に絡むことですと余計に。

ただ、だからといってすくんでいてはそれこそ何もできないし、問題が解決することはありません。ではどうするか。

Blogで意見交換をすることを現実行動への予習とできないか、ということが一つの解決策ではないか、と思います。

現実には色々な問題があります。これが、「自分の住んでいる地域」のことだけでは不満に思っていても解決策を自分だけで見出すことは難しいでしょう。これが、問題提起することで日本の色々な地域の例が出てきて参考にできる、また比較してより新しい案が出せる、さらにはこの案をフィードバックすることで問題点が浮き彫りになる、また、人に対して意見を述べることの練習にもなる、ということが考えられます。少なくとも、何も準備をしないでいきなり役所や政治家の所へ行くよりはましではないか、と思えるのですよね。

これが個人的なことであっても「電車男」のようにうまくいく例となるかもしれないし、却ってバトルの元になるかもしれません。ただ、「ポジティブコミュニケーション」という、良い形での循環が起きていけば、社会全体を良くして行くうまい力になっていくと思います。

2004 07 28 [ウェブログ・ココログ関連] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004.07.27

子育て支援の案を拾い上げるには

今日の週刊!木村 剛、前回の記事でのツッコマビリティ炸裂に対する説明、という体裁になっています。世論の形成と実現化するために否定するのではなく、実現に向かうための行動が必要であり、その方法論、ということです。

さて、学童保育から始まった子育て論議ですが、要は

「子供が安心して成長できる環境を作ろう」ということですよね。
で、論点を私なりに整理してみました。

子供の成長に合わせてステップと状況を見ていきます。
1.妊娠~出産
  ここでの問題は、「胎児の成長を守る」ことと、「母親の健康を維持する」ことですね。前者は肉体的な面ですが、後者は、肉体的のみならず、精神的、さらにはそれを支える経済・社会的な面まで広がります。そして、基本的にはこれは配偶者の役割なのですが、シングルマザーとなってしまった場合、これを支援すべきか否かでまだ社会はまとまっていないと思います。

2.出産~乳児期
  育児休暇、という形でシステムは動きだしましたが、ここは保育所も預からないケースが多く、子育てのため働けないケースが生じがちです。子供にとっては、常に保護者が近くにいてほしい時期です。また、保育士一人当たりで見られる数も多くはありません。したがって、コスト高になります。

3.幼児期
  子供はある程度一人遊びを始める時期ですが、一人でお泊り、というのはまだ難しいと思います。保育所または幼稚園は整備されていますが、保育時間で保護者側の要請と合わないケースがあります(運用時間/コストの両面で)

4.就学初期
  学校には行きますが、まだ一人立ちとはいえませんし、社会的にも危険が多くあります。下校後の受け入れ先はあまり整備されているとはいえません。

5.就学後期
  ある程度一人行動ができます。友達との動きの方が保護者よりも優先するケースが多くでます。ただし、まだ精神的には不安定ですし、一人だけとなってしまう場合は受け入れ場所が必要となることが多いです。受け入れ先は多様ですが、抜け落ちてしまうケースはありえます。

1~5のステップでそれぞれ問題点があると思います。さらに、地域性にも大きく左右されるため国の政策としてもあまり詳細な部分は手が出しにくいでしょう。法律の条文で書いていく場合はどうするか、皆で案を出していくことも必要だと思います。

で、「子育て支援法(案)」ってのを考えていこうとした場合、問題点を拾い上げていく、というシステムとしてはBlogは使えるように思えます。

年金法案でもドタバタがありましたように、プロであるはずの中央官庁でもミスはあります。あれは、実質一人で審査していたようですし。であるならば、Blogで検討していったほうがよっぽど良い案ができる可能性があるのですよね。

案を出すといっても、単に「私を楽にして」というだけでは意見としても取り上げられません。直接お金で援助してほしいのか、自由時間という形でほしいのか、恒久的なのか、一時的なのか、具体的に整理していかなければなりませんので敷居が高くなりがちなのは、整理が必要かな、とも思います。

一つの具体例を出します。

案:子供一人当たり1歳~10歳まで毎月3万円の補助を出す。
必要な予算:年4兆3200億円
(2002年時点の資料、1歳あたり120万人として計算)
この予算が非現実的ととるか、子供ができる前から「子育て保険」という形で資金をつのり、その運用益でまかなえる分だけで支払うようにする、という風にするか、ということはさらに先の議論になると思います。
年金は無税、というのならば、子育て資金の運用益も(子供ができた後で引き出すならば)無税にする、ということも発展した先の案としてあるでしょう。

なんとか、皆が出してくる案を前向きな形で拾い上げていく場ができれば、と切に思います。


2004 07 27 [経済・政治・国際] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004.07.25

今週のニュース(7/17~7/24)

今回も今週、気になったニュースを紹介していきます。

1.郵政、持ち株会社傘下で分割・民営化

郵政事業の民営化論議に弾みがついてきたようです。統括する持ち株会社傘下で事業会社として分割、民営化を行うというものです。さて、郵便事業について今まで民営化されてきたJR,NTTと比較して最大の違いは「特定郵便局」の存在でしょう。国家組織でありながら事実上の世襲制という実に変則的なものです。郵便組織発足の際、自力で全てまかなえなかったため各地域の名士に委託する形で始まり、今に至っています。そういう意味では、最初から一枚岩の組織ではありませんでした。とはいえ、ネットワークとしては生きているため、フランチャイズと直営という外食産業やコンビニと同じような組織形態になっていくのかもしれません。


2.AirH” Phone 絶好調
先日、KDDI傘下から離れたDDIポケットですが、ここの最新機種がかなりのヒットだそうです。いわゆるケータイサイトではなく、通常のインターネットサイトが閲覧できるソフトを搭載しているのが最大のウリですね。
 実のところ、PCではなくPDAではすでに同じDDIポケットのシステムを使った見放題プランがありました。ただ、PDAというマイナー市場ではなく、現代人の標準装備である”ケータイ”(実際のネットワークがPHSであったとしても)でコンテンツホルダー側に料金が入りにくいシステムが出てきた、ということはクローズシステム故に有料(料金徴収システム)が発達してきたケータイ文化に変化が生じるかもしれません。

3.カッシーニ、土星の輪の写真を撮影

最近は宇宙ネタのニュースがとんと地味になってしまいましたが、今土星探査機「カッシーニ」が土星に接近しています。土星の輪、隙間がありこれを発見者の名にちなんで「カッシーニ間隙」と言いますが、今回の探査機もこれにちなんでいます。太陽系最大の奇観の一つである土星の輪、今までに無かった詳細な映像やデータが得られることを楽しみにしています。

4.人類が月に足跡を残して35年経ちました。

今週はNASAネタ二つ。アポロ11号が静かの海に着陸し、アームストロング船長が足跡を残してもう35年経ちました。当時の雰囲気では、21世紀になれば宇宙ステーションくらいはできているのでは、という雰囲気でしたが、現実はISSを運用するのがやっと、というところです。その代わりといってはなんですが、インターネットという新世界が作られてきました。ただ、現実の世界は地球にはすでに余裕がなくなっていることがはっきりとしつつあります。ここで、もう一度リアルな新世界へ向けていく努力と夢をみつける必要があるのでは、と思います。


2004 07 25 [ニュース] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004.07.24

アートと職人芸と

日経BPのサイトに、かつての日本は美術大国ではなかったか、というコラムがありました。浮世絵がゴッホなどの印象派に影響を強く与えたのは有名な話ですが、当時の日本国内では、特別な芸術、という意識は無かったと思います。

昨年、ホノルル美術館所蔵増の「浮世絵風景が名品展」で浮世絵を一通りまとめてみる機会がありました。その中で、歌川広重が東海道53次の丸子の宿を描いています。ここは、名物のとろろ汁を茶屋で食べている情景なのですが、この茶屋に浮世絵が飾ってある状況が描かれているのです。浮世絵といわれている印刷物が庶民にもかなりのレベルで普及しており、また絵を飾る習慣もあった、ということが読み取れます。

これは、今で言うところのマンガや雑誌のグラビアと同じなのでしょう。ただ、マンガのカラーイラストでもそう馬鹿にしたものではないと私は思っています。

将来、どういう評価がされ、生き残っているかどうかはわかりませんが、時代の見る目が変わってくると面白いかな、と思っています。

2004 07 24 [文化・芸術] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004.07.23

都市鉱山が見直される

日本は資源が無い、これは昔から言われていることです。したがって、何年も前から鉄鉱石やらボーキサイト(アルミ原料)を輸入してきました。で、加工して輸出した分は以外は全て国内に蓄積されてきたわけです。

鉄に関しては、鉄骨で作られたビルが、30年以上経ったものについてはそろそろ建て替え時期になっていますが、これらについてはリサイクルすることで鉄鉱石としては輸入の必要はほぼなくなっていると言っても良いかもしれません。

PCの基盤などはレアメタルの塊のようなものですし、自動車も昔から排ガス処理の触媒である白金はリサイクルされています。
一時は斜陽産業となっていた鉱山業が、その処理技術をいかして資源のリサイクル業者としてやっと日の目をみるようになったと思います。

埋立地が新しい鉱山として見直される日も近いかもしれません。

宮崎駿の初監督作品である「未来少年コナン」では、かつての埋立地から資源を掘り出して再利用することで人々が生き延びている、という風景が描かれていました。このような状況が近づいているといってよいでしょう。

あと、問題はエネルギーなんだよな・・

2004 07 23 [経済・政治・国際] | 固定リンク | コメント (1) | トラックバック

2004.07.22

株価高いは7難隠す?

今日のニュースで、昨年の年金資金の運用益が5兆円にも達する、との報道がありました。以前のエントリでも書きましたが、去年の運用益は大きいことは予想していました。ただ、5兆円という額は凄いですね。70兆円を運用するとこうなる、ということなのでしょうか。
ただ、まだ1兆6411億円の累積損失がある、ということで今年は株価は横ばいですから、来年の今頃塁損一掃となるかどうかはまだわかりません。

で、これで塁損がなくなったから年金資金の使い方は今までどおりでよい、というわけではないのですね。たまたま猛烈な株価回復(50%アップ)があったからこう見えるだけで、こういう”幸運”はそうそうはないでしょうから。

大事にしっかり運用し、株主として有益な社会的圧力をかけられるような組織にうまく育って言って欲しいものです。

2004 07 22 [年金] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

「スチームボーイ」を見て

先日、「スチームボーイ」を見てきました。大友克洋の新作です。感想としては、
「ロボットカーニバル+ラピュタ+サクラ大戦」を3で割らないようなものですか。

映像はものすごいです。これでもか、と立て続けに動くメカとギア。そしてほとばしるスチーム。

パワーを存分に堪能できた、と言っておきましょう。

(続きにはネタばれ含みます。見たくない人はこの先クリック不可!)

で、ここからは少しネタばれ。


いくら蒸気のパワーがあるったって、質量を無視しちゃいかんよなぁ。サクラ大戦もそうだけど、「蒸気」は「電気」と同じようなパワーの要素、という扱いになっているように思えます。

ネーミング、あまりにもベタなような・・映像に集中させるためのネタなのだろうか?

映像マジックを楽しみたい人向けですかな。

2004 07 22 [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (1) | トラックバック

2004.07.20

バブルとバブル崩壊と少子化はリンクしている?

今日、18時過ぎに車を運転していてNHKラジオを聴いていたら少子化を研究している厚生労働省の方が出て話をされていました。細かいところは覚えていないのですが、聴いていた範囲では
1.1989年以降、合計特殊出生率は低下し続けている。
2.20歳代後半の女性の既婚率が90年代前半と比べて4割も下がっている。
3.80年代までは結婚した人の出産数はそれ以前と変わっていないが、今は結婚後の出産数自体も下がっている。
などです。実感として考えると、企業のリストラ、という言葉と出生率の低下はリンクしているように思えて仕方がありません。


 他の国でも、不景気による不安感はあるでしょう。ただ、日本ほど強く影響は受けていないように思えるのです。周りの意見でも、「もっとほしいけど経済的に・・」という意見は多く聞かれます。この「失われた10年」(15年になる気もすますが)は、新しく生まれる子供を産まない形でリストラすることでそのときの家庭を守ってきたのではないか、という感覚すらあるのです。

 日本は、国としてマクロの面や施設整備にはお金を使ってきました。しかし、阪神・淡路大震災の際に指摘されたように個人の不幸をバックアップすることは怠ってきたと思います。個人に直接お金が渡らない、これは中継を生業とする政治家や役人には都合が良かったシステム(高度成長期にはこれでよかったのですが)でしょう。しかし、大規模災害や経済危機には却って不都合になる(個人の活力を削いでしまう)ことがはっきりしてきたと思います。

 経済や株価の面では、やっと復活のめどがついてきましたが、子供の数を減らさざるを得なかったこの「失われた10年」のツケは、100年かけるくらいで返していかなければならない重荷になってしまったように思えます。

2004 07 20 [経済・政治・国際] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004.07.18

投票所に足を運ばせるには

先週行われた参議院選挙、投票率は56.57%でした。まあ、95年の44.52%よりはだいぶましですが、やはり7割程度は民意を表すものとしてはほしいと思います(3分の2で67%以上?)。

色々なアイディアがあると思いますが、まず当日の盛り上げが少ないのではないかと。現行の公職選挙法では当日の選挙活動は禁止なのですが、これはもう解禁で良いように思えます(特に国政は)。一応調べていくのですが、下手すると忘れてしまうのですよね。選挙会場には本当に何にも無いし(選挙公報くらい置いてくれ)。

まあ、期日前投票が簡単になり、電子投票が試みられている今、会場にPCを少し置いて検索できるようにしたり、ポスターを掲示して顔を見て思い出せるようにする位は認められるてしかるべきと思うのですよ。これもまた全国一斉に、というと予算の問題があるから、「やっても良い」リストにして選択性にして(その会場で差別が無ければよいのだから)。

投票用紙に当たりくじをつけるとか(今日のサンデー・ジャポンでの意見。自動発券なのでその中に一定割合であたりを混ぜておいて、あたりが出たらもう一枚正式な投票用紙を渡して当たりくじで賞品を、正式な投票用紙で投票を、とすれば簡単で秘密も保てる)、地方税をあらかじめ1万円多く取っておいて投票用紙と引き換えにキャッシュバックとか、下世話なレベルですが投票をしよう、という意識付けが必要だと思うのです。

今の状態、「大切な1票」なのですが、当日の会場があまりに静か過ぎるのですよね。まるでカンニングを見張られている試験会場みたい。投票なのだから、何を書いても自由なはずなのに・・(開票する人が困るような意地悪はともかく)。

「イベント」としての楽しさ、盛り上がりを自由意志に圧力をかけたり、投票の秘密が守られるような形でできないか、予算も少ない中難しいでしょうが、生活がかかっていない人たちを選挙に行かせて投票率を上げていくには必要なことだと思います。

2004 07 18 [経済・政治・国際] | 固定リンク | コメント (2) | トラックバック

銚子でコンサート

昨日、銚子で東京フィルハーモニー交響楽団の公演があり、聴きに行って来ました。曲目はドヴォルザークの新世界、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲ニ長調、そして銚子のイメージでオリジナルに作られた「海響」という曲です(作曲:和田 薫)。

施設は銚子市青少年文化会館、ということであまりよくはありません。ただまあ、久々にフルオーケストラの生演奏を聴けたのは良い体験でした。

いくつか雑感。
 ・コントラバス奏者の一人が凄くオーバーアクションでした(楽器自体を前後にゆする、頭を激しく振るなど)。指揮者のような動きでしたが、ああいう演奏スタイルはありなのでしょうか。

 ・「海響」を作曲した和田氏は実は客席にいて、舞台で花束を受けていました(その後、CD販売もしていました)。
私は、「テッカマンブレード」のサントラで和田氏の曲は知っていた(最近の犬夜叉は知らなかった・・)のですが、和田節は健在でした。
 ・「海響」には、銚子のお囃子が取り入れられており、知っている節が出ましたが、オーケストラで聴くとまた違う印象を受けました。

良い体験ができたと思っています。

04/07/18追記
和田氏の個人ページが購入したCDで紹介されていましたので見に行きました。今回のコンサートの予告記事や、過去の仕事の一覧(一部ではサンプル聴取ができます!)があり、サンプルなどを懐かしく、また知らない仕事については興味深く読み、かつ聴けました。鬼太郎(1996)の仕事もされていたんだな・・

2004 07 18 [文化・芸術] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

今週のニュース(7/11~7/18)

今週も気になったニュースを取り上げていきたいと思います。
1.農業への株式会社参入全面解禁か
 特区での参入を認めるか否かではあれだけ騒ぎになった割には、続報としてはベタ記事扱いになっています。実は
5月にも同様の記事が出ていたようなのですが、こちらは気づきませんでした。5月段階では、リースによる賃貸方式を夏までに具体化する、という記事だったのが今回改めて明確になったようです。農業については、今回の参院選でも所得保障をどうするかが各党の政策として挙げられていました。現行農地法は戦後すぐの農地改革時点での社会情勢にあわせてつくられており、食料の流通システムが変わった今では適合しなくなっていると思います。やる気のある農家、農業法人ともに足を引っ張っている要素がありますので、改めて産業として成り立つように立て直していくことが必要なのでしょう。


2.新潟・福島豪雨、災害被害広がる
 今回、新潟・福島豪雨と命名された一連の集中豪雨、多くの被害者、犠牲者の方々が出てしまいました。豪雨については自然現象のことなので防ぎようはないのですが、対応については反省の余地があるように思えます。避難所のたらいまわし、堤防決壊と避難勧告の遅れなどが見られた、との報道がありました。町の担当者の判断ミスを責めるのは酷な部分はあると思います。ただ、ハザードマップのような形では作られていなかった(平成15年発表の損保協会のリストにはない)ようですので、改めて各地で点検、調査をしていくことが今回の災害から学ぶことだと思いますl。「天災は忘れたことにやってくる」という、寺田寅彦の言葉は、災害対策が進み実際の被害が起こりにくくなった今こそ、改めて皆が確認しあう必要があると思います。
 雨で言えば、たとえば関東では東京電力のサイトのように雨量をリアルタイムで表示していくようなシステムがあります。ただ、これを全世帯というわけには行かないでしょうから、たとえば地上デジタルTVが普及する段階で「災害情報」チャンネルを常備し、その地域ごとに豪雨なり、地震なりの情報を流すようにして、かつ一発でそのチャンネルに移れるようなボタンがリモコンに用意されていればなお良いのかな、と思います(カーオーディオでは、高速道路での交通情報をラジオで聞くための専用チャンネルボタンが用意されていることがあります)。地上デジタルには移動体用チャンネルも用意されていますので、ここで緊急放送がされればなお良いのですが、実際にはまだ市場が立ち上がっていませんので難しいようです。
(蛇足:新潟って、西洋梨も美味しいのです。去年新潟産の西洋梨のル・レクチェを取り寄せたらこれがものすごく美味しい。TVで西洋梨の木もやられた、との映像を見て今年は食べられないのかな、と悲しくなってしまいました)。


3.省エネの切り札?空調服発売
 すでにTVでは取り上げられているのを見ましたが、服にファンを取り付けることでエアコンを不要とした空調服の販売が好調のようです。ワイシャツ様のシャツの腰部分にファンを取り付け、空気を内部に送り込むことで汗の気化を促進させることで体感温度を下げるシステムですね。作動させると内部が空気で膨らむため、見た目少し違和感がありますが、工場現場などではすでに大好評のようですので、ファッション性を問題にしない現場では普及が進む可能性が高いと思います。そして、市場が膨らめばデザイナーも入ってくるでしょうから、色々と発展性が見込めると思います。(外回りしている間の営業が使うとか・・客先ではスイッチ切ればよいですし、ゴルフウェアとか(エアの出口の工夫はいる?)、シニア層の夏服とか、農作業用とか・・)


4.参院選、終了
 asahi.comに過去のサザエさんを見ることで日本の変わったことを取り上げるコーナーがありますが、先週は選挙ネタで、むしろ「変わっていない」事が明らかになりました。
 で、選挙活動ですが、今おおっぴらに認められていることは「街頭演説をする」、「ポスターを貼る」、「選挙カーを走らせる」・・などなどで、新しいメディア(選挙の世界では、TV,ラジオですらニューメディアのようで)を使った活動は全滅状態ですね。TVで一応政見放送ができますが、「まさみほうそう」と言われるくらいで、見るのが辛いです(TV局の人も辛いだろうな・・あれでは素人の撮影以下だもの)。
先のコラムでは、「選挙資金の上限さえ決めておけば買収すら禁止の必要は無い」という意見も紹介されています。ま、これは極論としても手段の制限はもっと緩めても良いのでは、と思うのですよね。特にネットを。秒数、字数無制限で自分の好きなように細かく更新できる、という点ではネットほど実は政治向きのメディアは無いはずと思うのですが。
 かつて、佐藤首相が退陣会見で新聞記者を追い出してTVだけに演説をしたことがあります。「テレビカメラはどこにいる。新聞記者の諸君とは話したくない。直接国民に話したいのだ」と。今は、「ネットを見てくれ。ノーカットで全部見られる」のはずなのですけどね・・

2004 07 18 [ニュース] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004.07.17

記憶と体験と判断と

さて、101件目のエントリです。これからもじっくりと続けていきましょう。

昨日、キヤノンのデジタル1眼レフ(EOS1D MarkII)の全面広告を見ました。広告自体は、マウンテンバイクのレースの写真を載せて「選手の動きを予測して、鮮明な一瞬をとらえるフォーカス技術」というものであり、別に特別なものではありません。ただ、秒8.5コマの高速連写などが売りになるのをると、「これがもし同じ解像度で60フレーム/秒が撮影できるビデオシステムがあったらスチルカメラの変わりになるだろうか?」と考えてしまいました。

おそらく、答えはNOでしょう。スチルとムービーはやはり違うメディアだからだと思うからです。ムービーが一般化してきて、あらためてそう感じました。


では何が違うのか。私は「イメージ想起力の差」ではないかと思っています。

たとえば、同じ文章で考えて見ます。よく、「だらだら長く書くな」「簡潔にまとめろ」といわれます。これは、「長すぎると伝えたいことが伝わらないから」が理由なのですが、逆に言えば、「生データでは意図を伝えるためには無駄が多い」ということなのですよね。描写を長々としていくよりも、優れた俳句の方がイメージを伝えられる(感動させられる)事がある、ということだと思います。

では、報道を考えます。現行メディアは通常限られた枠(TVであれば秒数、新聞であれば文字数)で表現をすることが求められます。ですから、当然「編集」という作業が入り、そこには編集者の意図が入ります。これは不可避のため、たとえ中立であろうとしても「癖」のようなバイアスがかかるのは避け切れません。

インターネットでの報道は、文字数制限はありません。何文字何行のコラムに収めなければならない、という制限はないため、全文掲載なども簡単にできます。また、インデックスを作ることも容易ですし、さらには検索エンジンという力も借りられます。全文付の編集された記事、というものが簡単に作れるのですね。

既存メディアでは元データにたどり着く、ということはなかなかできません。プロの手によって編集された記事、写真、動画は力を持っていますが、大なり小なりバイアスもかかっています。バイアスがかかっていることを前提にメディアに接する、自分の判断がどのようなメディアに接したことで起きたかまで考える、これがインターネットを含めた「メディアの使い方」の教育として必要なのでは無いかと思っています。

2004 07 17 [メディア] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004.07.15

庭のイチジク

庭にある、イチジクの木になった実がやっと熟して食せるところまで着ました。場所が悪いのか、枝の長さばかり伸びて実がなっても熟すところまではいきませんでしたが、剪定がうまくいったのかなんとか1個か2個は熟して収穫ができました。

他にも、小さな菜園で作っているミニトマトやキュウリがすこしずつ収穫ができるようになってきています。


最初はおっかなびっくりで始めたこのBlogですが、なんとか100件目のエントリにこぎつけました。当初は、とっぱずれの地から社会を見ていく、というつもりで地元のお気楽なネタをまじえつつ、という予定だったのですが、週刊!木村 剛にトラックバックを始めてからは、今まで色々と考えてきたことを言える良い機会になってきた、と思っています。参照数も1日100件近くになってきました。

これからも、ささやかながら世の中を見つめていくBlogに育てていきたいな、と感じた次第です。

2004 07 15 [日記・コラム・つぶやき] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004.07.14

子育てをしやすい環境を作る行政とは

数年前、「育児休業制度」なるものができました。これは、産休を拡張した形で1年間会社を休業できる、というものです。ただ、収入がない、保険料は払わなければならない、ということで「退職しなくても良い」というだけのシステムであり、使い勝手が悪いな、と導入当時から感じていました。

要は、「子供を育てる間の収入はどうすべきか」ということに尽きるわけです。現状の行政手法は、たとえば「働きにいきなさい。その間は保育所に入れるようにします」という解しか事実上無いことになります。そうでなければ、それそ「専業主婦/主夫ができるだけの収入がある配偶者(事実婚含む)をみつけなさい」と言っているに等しくなってしまいます。

で、さらに保育所にいけない就学児童になると、公的支援はほとんどなくなってしまっています。学童保育を行っている地域もありますが、国家的システムではないため、転勤とかで引っ越すとあてにできなくなります。さらに、個人や地域が有志で行っていることが多いため、公的な面を与えようとすると却って使い勝手が悪くなる、という、悪い意味でのお役所仕事が多く見られるようになっていると思います。

となると、NPO法人などを立ち上げて機能させるしかない、と思います。また、行政もこれらNPO法人に対してはポジティブリスト方式(あれでなければならない、こういう資格がいる、・・)ではなく、ネガティブリスト方式(これがあってはだめ)、それも最低限のものだけを整備して、広く認めて支援していく、という太っ腹なシステムが必要ではないでしょうか。

もちろん、悪質な業者が入ってくることもあるでしょう。ただ、これはできる限りオープンな方式を取って防いでいくしか無いと思います。

当該法人にも運営のノウハウが必要でしょうが、ひとり立ちするまで行政が支援するようにできないか、ひとり立ちしたら悪質な人たちが入らないように守っていく、行政としては「仕事がきつい割りに点数にならない」ような仕事になってしまうためなかなか進まないのでしょうが、直接個人支援をしないのならばシステムをやわらかく運用するしか行政側の生き残る道はないのではないかと思います。

極論だし、反感を多くもたれることを承知で言えば、年金の先払いとして子供が生まれたら保育手当てという形で支給して、将来的に年金保険料で返してもらう、というシステムもありかな、とも思えるのですね。人口が増えない(減らない)で、世代別の比率が変化しない平衡状態であるならば、10年もらう、40年払う、20年もらう、というのも長い目で見れば成り立つのかもしれません。

2004 07 14 [経済・政治・国際] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

赤本、到着!

トラックバックランキングの賞品(といってよいのかな?)である真っ赤な「月刊!木村 剛」創刊号が届きました。奥付に、力強くサインもしていただいております。

巻頭の宮崎哲弥氏との対談、基本的には今までのBlogで書かれたことの繰り返しですが、対談の中で語られるとまた違う見方ができて面白かったですね。

あと、Webの画面で見ると短いコラムのように思えても、活字で見ると7ページもある結構長い文章に感じる、というのはメディアの違いを感じさせて面白かったですね。ただ、私がこうしてエントリを書く場合、Webの画面である程度の密度になるような設定でしているために、逆に活字では少し間延びして見える、というのは活字がたくさんあると嬉しい、という活字中毒の性かもしれません。


では最後にデータを。
「月刊!木村 剛 1号」
ISBN4-a902762-00-5 C0030 \1000E


たわいも無いあとがき

1.赤い本は3倍早く売れるのでしょうか?
2.なんで表紙の写真はこんなにコントラストが強いのですか?
3.このBlogタイトル、縦書きだと読みにくい・・

2004 07 14 [ウェブログ・ココログ関連] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004.07.12

スポーツはライブが一番

野球の話、続けます。

 プロ野球がなぜ面白いか。自分で草野球をやったことのある人ほど、プロ選手の超人ぶりが実感としてわかると思います。私も、仲間に誘われて銚子の市営球場で草野球をしたことがあります。ここは、かつて銚子が高校野球が強かった頃(今でも決して弱くはないですが)、プロが来て試合もしたことがあるくらい、それなりに広い球場です。そこで打席に立つと、「なんであんな遠くへボールが飛ばせるのだろう?」と感じます。


プロの試合に行くと、もっと感じます。打球や送球の速いこと。ホームランも、TVで見ると放物線でゆっくりのように見えますが、実際に外野席で目の前に放り込まれるとその凄さが実感できます。オリックス戦で、イチローと田口がレフとライトでキャッチボールをする、それがどんなに凄いかはライブでみないと実感できないと思います。

あとは音ですね。やはりグリーンスタジアムで、「イチロー~~」とコールがあったことを覚えている人は多いでしょう。実は、その前にみんなで「せーの」と声をかけていたんですね。これは、実際にスタンドに行って始めて気がつきました。また、カシマスタジアムでのドラムロールも、音の迫力がまったく違いました。

TVでしか見たことがない、TVで見て見た気になった、というのが圧倒的多数と思います。ただ、やはり人間がやることはライブが一番であることもきちんと伝えていかなければならないな、と思っていますし、これがスポーツを興行として成立させるための重要な要素だと思います。

2004 07 12 [スポーツ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004.07.11

今日はプロ野球のオールスター

今日はプロ野球のオールスターゲーム第2戦が行われています。長野のオリンピックスタジアム、きれいでいいですね。天気もよく、お客さんが楽しんでいる状況がよくわかります。

さて、今回は最後のオールスターかもしれません。まあ、1リーグ化してもJリーグのように東西対抗でオールスター、ということはできるでしょうが、今ほどの盛り上がりがあるかどうかはどうか、と思います。

さて、TVの放映権料、という話が今回の経営難に対してよく出ます。確かに、全国ネットで考えるとその通りでしょう。ただ、セリーグにしても、巨人戦は5分の1なんですね。他のチームとやるときのTV中継はどうなっているのでしょう?

私の地元の広島では、たとえば全国ネットで巨人VSヤクルト戦をやっていたとすると、その枠で広島市民球場での広島VS中日戦をTV中継する、なんてことを普通のようにやっています。また、地元のラジオ局のRCC(中国放送。整理回収機構ではない)は、カープの全試合完全ラジオ中継、というのを目玉でやっていました。サンTVでの甲子園での阪神戦完全中継、なんてのも有名ですね。

これらは地域性を前面にだしているからできることだと思いますし、逆にこういうことをしているからこそ地元(ホーム)での人気を磐石のものにできると思うのです。サッカーでは、ホームとアウェーの差は圧倒的である、と昔から言います。野球でも同じ事をやっていて良いのではないでしょうか(カシマスタジアムと広島市民球場の雰囲気は似ているな、と感じました)。今住んでいる千葉でも、ローカルU局の千葉TVが結構マリーンズ戦を流していて、楽しんでいます。

大都市を志向するよりも、各地方で定着して生きていく方が却って市場も広がるような気がします。

20年以上前ですが、「球は転々宇宙間」という小説が出版されました。直木賞作家の赤瀬川 隼のデビュー作です。野球が18チーム3リーグ制になり、各地方出身者で固めたチームだけになる、という設定ですが、今、改めてこの作品が持つスピリッツを見直す時期に来ていると思います。


2004 07 11 [スポーツ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

今週のニュース(7/4~7/10)

1.運転中のケータイ使用、反則金は6000円程度か
 まだ決定ではありませんが、自動車(バイクも)運転中のケータイ使用について反則金と減点がされることになりました。ケータイは「ながら使用」の拡大によって市場を広げてきたと思いますが、電車の中での電源オフ、自動車社内での使用禁止(ハンズフリーによる逃げ道はありますが)によって、全体に天井を感じるようになってきたのかな、と思います。

2.参院選、1票の格差広がる
 自分で自分の首を絞めるような改定ができない、ということもあるでしょうが、5倍を超えているというのはどうみても無理があると思います。国民の義務である国政選挙の投票も、やる気がこれではなくなってしまうのですよね。最近のコラムで、コスタリカでは民主的な大統領選挙が50年以上も続き、かつ投票率も70~80%を超えている、とありました。考えてみると、今の教育って「政治」(投票とは何か、国の意思決定とは)とか、「経済」(税金の使い道、投資はどういうものか、リスクとリターンとは)、「科学」(事実を調べ、仮説を立て、検証する)のどれもきっちりとした形では行われていないように思えます。少子化というならば、教育を丁寧に行えるチャンスなのですけどねぇ・・

3.ロシア版の「フォーブス」編集長射殺
 殺された理由や犯罪捜査はこれからなので現段階ではなんともいえませんが、「ソ連」を知っている人間からするとロシアで「フォーブス」が定着している方が驚きです。まあ、ソ連崩壊からすでに13年ですから当然といえば当然ですね。

4.プロ野球オールスター開幕
 今年で最後かもしれませんが・・「プロスポーツ」の運営として見た場合、サッカーのJリーグとの差がすっかり開いてしまったことを感じます。私は広島カープのファンですので(出身も広島)、昔の弱い時や、カープ球団がいかにして金を使わない、地元でお客さんに来てもらう努力をしてきたかは実感として持っています。いわゆるフロントにしても、カープの場合は現場経験者が多いので、少なくとも「親会社からきた腰掛」ではないのですね(オーナー以外でのトップは常務の阿南氏。元監督です)。
 パリーグの経営が苦しいのは知っています(千葉ロッテも努力していると思います)。ただ、カープが年100万の入場者でなんとか黒字にしていたり(巨人戦の放映権料があるとはいえ)、ホークスが300万の入場者数に達して黒字にするまでの努力は参考にできると思います。(下手に「全国区」なんてするから却って地元との結びつきが希薄になってファンの応援のしがいがなくなるのかも)。
 「リーグ」の経営者って、なんでプロ野球にはいなかったのでしょうかねぇ・・

2004 07 11 [ニュース] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004.07.10

保険が成立する要件とは

 最近のニュースで、「保険商品が売れすぎて内容を見直す」というものがありました。商品は、損保ジャパンの終身医療保険「Dr.ジャパン」です。市場金利が上がると保険料が下がる、とか、入院時の給付金について入院日数無制限などの特徴があり人気を呼んで予想以上の契約数になっているとか。

 保険もそうなのですが、「そのとき売れればよい」というワンウェイの商品では、売れた数=利益の増大に通常はつながりますので数売れたことによるリスクというのは発生しません(欠陥発生時の回収リスクは置いておきます)。

 ただ、保険のように、未知であることによるリスクを回避することを目的とした商品では、ユーザー数の増大=利益の増大とならないところが難しいところでしょう。

 たとえば、自動車保険を考えます。もし1社しかなくて、全員義務だったら、保険料の合計>支払い保険料の総額が成立しないと経営として成り立ちません。で、支払い保険料の総額を見積もることが保険料設定の重要な業務になると思います。

 で、保険料見積もりの際に未知要素が多いとぶれが大きくなるのですが、逆に全てがわかっていると保険として成立しない(わかっているのならば突発的なリスクにはならない)という矛盾を保険というシステムは抱えていると思うのです。

 実は、生命保険がこの「平衡状態」に陥ろうとしているのではないか、と思うのです。対象とする市場が、死亡率がどんどん下がっている、被保険者がどんどん増えている、というような状況では保険会社は顧客を増やすほど利益が増えていくという状態になります(去年よりも今年の方が平均寿命が長くなる=支払い保険料が予想よりも減る=利益となる)。しかし、人口ピラミッドが一定となり平均寿命も頭打ちとなるとどうなるか。何歳で入って何歳で死ぬ、ということが予想されると保険にはならなくなってしまうのですよね。なぜなら、払い込み保険料と死亡時にもらえる保険料の差が明確に計算できますから。支払額の方が多ければ客は増えますが、一定である以上支払額>払い込み保険料額になってしまって保険会社の経営が成り立たなくなってしまうと思うのです(残るは運用益のみ)。

市場の運用益分しか保険料にプラスして受け取れないとなれば、単なる投資信託でしかなくなります。

経済的に「熱死」(エントロピーが増大して完全平衡状態になってしまう)は簡単にはおきないと思いますが、経済がグローバル化し、共産圏というエントロピーの逃げ場もなくなってしまった(共産圏が自由主義になればもっと成長ができる、ということは逆に変化の目標が存在した、ということ)今、新しい考え方を見つけていく必要がある段階に達していると思います。

2004 07 10 [経済・政治・国際] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004.07.09

第二の青春需要なのかも


以前から色々と「団塊世代」について、消費者としての見直しがされていると思います。で、「4トラ」なる用語を初めて見ました。トラベル、トライ、ドラマ、ドライブだそうですが、マーケティング屋さんおとくいのレッテル貼りにしても、かなり無理を感じます。思うに、これって「第二の青春」需要と思うほうがわかりやすくないでしょうか?

もちろん、実際には50~60歳代ですので、それなりに風格があるでしょうが、青春時代にはそれなりのトラウマなり飢餓感を味わっていると思います。そして、これらのはけ口やノスタルジーの一つ、として上記4項目に代表される消費がされているのではないかと思います(もちろん、これが全てではないでしょうが)。

これは、ポスト団塊世代といわれる現在の30~40歳代の人が時々コレクターズアイテムや、リメイクものの映画などに観客としていくのと同様の現象では無いかと思うのですよね。(今、仮面ライダーやウルトラマンや鉄腕アトムのリメイクを実際に行っている世代に当たります)。

今までは、シニア世代というのはすでに主流を外れている、という見方がされていたと思うのですが、「団塊の世代」となるとなにせ数が多いです。全てが同じように動くわけではないので、画一的は見方は失敗の元ですが絶対数で市場を形成できるだけの大きさを保てれば、そしてそれらが複数立ち上がれば、かつて無かった「金も暇もある」市場が出来上がり、需給の両側で質の面で大きな成長があると良いな、と思っています。

2004 07 09 [経済・政治・国際] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004.07.08

アクセス数アップ

なんでかわかりませんが、今日のアクセス数が200を軽く突破しています。今までは、100を超えたらすごいな、と思っていたのですけどねぇ・・

しかも時間が集中しているし。アクセス解析がうまく働いていないのでIPアドレスまでは把握していないのですが、通常勤務時間内なんだよなあ・・ネタが受けている、と思いたいものです。

7/8 updated
などということ書いていたら、単にシステム側のエラーのようですね。ぬか喜びであります(哀)

2004 07 08 [ウェブログ・ココログ関連] | 固定リンク | コメント (1) | トラックバック

ルールの変化を効率よくやるには


最近、週刊!木村 剛にてITはお役所的だの、某所で某候補者の近くで演説をするだののテーマが示され、「ルールはどうあるべきか」ということと同時に、「ルールを現実にすばやく合わせていくにはどうすべきか」という方向で動きが出ていると思います。「IT技術はお役所以上にお役所的」というフレーズは私が以前のエントリで使ったものですが、これは融通性の無いのが悪ではなく、決まったようにしか動かないのが当然なので、事前にきちんと決めよう、また逆にお役所の使い方もコンピュータを使うようにした方がより効率的ではないか、という意図がありました(誤解があれば、これは私の表現力の至らなさによるものです。伏してお詫びいたします)。

さて、ではいつまでも事前に決められたルールでその通りに動けばよいのか。社会の方がどんどん動いている中で、ルールが現実に即さないようになるのは当然でしょう。たとえば、道路の制限速度。高速道路は、軽自動車は時速80km、普通車は時速100kmと差がありました。しかし、実際の流れでは違う速度を一緒に流すよりも同じ速度の方がより安定しているのは確かでして、これはさすがに近年改められました。

ルールを変えるには責任が伴いますし、調整に時間がかかる(政治的な権力争いを抜きにしても、変えたことによる影響がどうでるか調査するだけでもそれなりに時間がかかるでしょう)ため、そう簡単にいかないのはわかります。ただ、ここでITを使って変化によるシミュレーションができるようにするとかして効率化を図るのもまた立法府の使命かとも思うのですよね。

国家と企業を同じように考えることは必ずしもできない部分がありますが、リーダーシップと、問題点及び解決案の明示、そしてシミュレートの方法が説明されれば、比較的すばやい転換も可能になると思うのです。

国家間の競争も、軍事的圧力によるものというよりは、経済における機動的な政策変更による最適化争い、という部分が大きくなっているのではないでしょうか。拙速でも、すぐに直せるようなシステムの方が結果的に強くなっていくと思います。

2004 07 08 [経済・政治・国際] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004.07.07

常識をそなえたビジネスパッケージソフトは実現できるか


現在、色々なパッケージソフトが販売されております。ビジネス部門でも、経理や営業に関わるソフトはいくつかあるでしょう。
また、グループウェアといわれるソフトもあります。私が勤めている会社で、グループウェアがトップダウンで導入されました。まあ、なんとか使いこなしています。ソフトの機能に不満はありますが。

さて、いくつもの企業や組織で色々なパッケージソフトが導入され、それなりに使われていると思います。ただ、その中では不満もあるでしょう。そのほとんどは各企業の「個性」に属する部分が多いと思います。

ただ、この「個性」という部分がその企業の重要な属性に関わると話が難しくなります。創業社長が十分な実力を持っており、その決定が企業の方向性を決定付ける、となると、ITによるシステムはその創業社長のクセにあわせる(社長の能力を最大限に発揮できる)ようにチューニングすることが短期的は望ましいシステム、ということになります。
 また、これが各部の部長の能力を、という形でも良いですし、ネゴシエーションを補佐する、という形でも良いと思います。ただ、現実論で言えばこのような機能を持つソフト、というのはあまり無いのではないでしょうか。

 手紙を書くサポート、と一つ見ても相手によって微妙に内容を変えるのは当たり前です。開発側から見れば意味の無いように見えても”政治的に”有意義なことであればクライアントからすれば必須要件となるでしょう。

 また、ソフトウェアの場合、バージョンが変わったり新しいパッケージを導入した場合、その教育負荷は全てユーザにかかってきます。「変わったから覚えろ」というのは、ユーザから見れば傲慢にもとれることがあると思います。

人間の変化は、ITの世界ほど早くはありません。新規開発をするにしても、内部的には変わっていてもインターフェースはそうそう変えてはいけないと思うのです。(qwertyキーボードが生き残っていることを考慮してみてください)。

ITが人間に属するものであるならば、「常識」パッケージをベースとしたソフトウェア開発ができないかどうか、あらためて検討の必要があると思います。開発において要件定義が重要なことはわかりますが、「定義された要件を作るだけ」の開発ではなく、社内の政治力学まで見出して提案したり、「開発終了時点にまで変化する内外の要因を予想した要件定義のコンサルティング」までできてプロのSE、と思いたいのですが・・・(いくつかのベンダーと接した経験からの希望です)。

(あいまいな人間の言うことを”察して”適切な解を見出すことができる、ということ。まさにロボットのことなのですけどね)。

7/8追記:システムについて、「通訳」を期待するか、「ネゴシエーター」を期待しているか、で開発側と発注側(+利用者)の期待度のギャップが生じているのかもしれません。現状の開発は、どちらかといえば「通訳」だと思います。つまり、発注者の言うことを正確にコンピュータ側に伝える事。ですから、発注者側が適当なことや間違ったことを言えば、その通りのシステムしかできません。これは当然なのですが、対して、発注者側の期待度は、どちらかといえば「ネゴシエータの方」に傾いているのでは、と思っています。無茶なこというな、と開発者側の方は感じられると思いますが、発注者側も「こういう要件定義だとこういうシステムが出来上がる」ことは予想できませんので(これが予想できる能力があればベンダーには頼まない?)、ビジネスの都合を理解しながらコンピュータを操る「ネゴシエータ」を期待していると思うのです。
 開発側は頼まれたとおりのシステムを作っているはずなのに、顧客満足度はあがってこない。これを「頼む方が悪い」というのは簡単ですが、現実のビジネスと開発タイミングが合わなかったりすると、このようなギャップが生じていくと思います。
(これは、別にIT関係の技術開発だけでなく、あらゆる商品開発全てにあてはまりますけどね)

2004 07 07 [パソコン・インターネット] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004.07.04

今週のニュース(6/28~7/3)

1.国民年金、収支赤字に
 国民年金の収支が2002年度に初の赤字に転落していることがわかったそうです。主な原因は株式の評価額の低下によるものでした。ただ、これは裏返すと03~04年度では保有株式の評価額が上がっていることが想定されますので、だからだめなんだ、とは一概に言えない可能性があります(03年度途中で底を打っていますから)。むしろ、今頃2002年度の決算が出てくることの速度の遅さの方が問題かもしれません。

2.参院選、自民党が苦戦か?
各紙で自民党が改選前議席が維持できないのでは、との報道が出ました。ま、投票日までまだ1週間ありますのでまだ様子見ですね。


3.ケータイのスパムはどうなっている?
 ケータイにかかってくる迷惑メール(スパム)ですが、一時期よりは減少しています。ただ、同じ「通信」でも、単なるDMとケータイへのスパムではどうもユーザに与える心象が違うように感じます。これはなんなのでしょう。
 考えてみるに、(1)迷惑メールは風俗系が多いため嫌悪感を強く感じる。(2)ケータイのメールは、即時性を要求されるような使い方をしている人が多いため(ケータイでのメールチャットは盛んなようです)、その中に紛れ込んでくると腹立たしさが増してしまう。
ということが推定されます。私自身の感じでも、PCでは自分から見に行くので多少変なメールが混じっていてもそのとき削除、で済むから比較的落ち着いていますが、ケータイメールでスパムが混じっていると「うっとおしい」という感覚の方が強くなってしまいます。端末への「距離感」がケータイではまさに「分身」になっている人が多い、と思われますね。

4.カープ、苦戦中
 なかなか5割復帰ができません・・まだ絶望的ではないのですが・・

5.Google 検索で2位
 Googleで「今週のニュース」で検索すると、このBlogでの記事(過去のね)が2位になっていました。1日せいぜい100件程度のアクセスしかないこのBlog,なんでこんな上位になるのかなぁ・・うれしいような恥ずかしいような。
 ただ、検索エンジンをたとえばYahooに変えると200位に入りません。Googleで見つからない情報が他の検索エンジンだと出てくる、というのは良くありますので、マルチサーチは基本的技術として覚えておくべきと思っています。

2004 07 04 [ニュース] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004.07.03

外部記憶の一般化と常識の変化

携帯電話には、カメラがついているのが今では普通です。最初は「電話とカメラ」の合体にすごく違和感がありましたが、「いつも持っているもの+画像記録装置」というように考えれば、普及も当然のことかもしれません。以前、小型のフィルムカメラ、さらにはデジカメをカバンの中に常時入れていつでも撮影できるように、としていたことはありますが、今のケータイのカメラほどは気軽に使えませんですから。

また、同時にカメラを持っている人がたくさんいることが普通になると、企業等での機密管理のためにカメラ付ケータイ禁止、という動きは当然出てくるでしょう。色々と対応策はあるでしょうが、最近では「カメラ部分に貼り付けるシール」が開発されています。入館時等で貼り付けてもらって、再び出るときにチェック、ということですね。

で、以前私はV-601SH(ボーダフォンの当時の最新機種)を買った、という記事を書きました。この機種は、

1:カメラ(静止画と動画の両方)、2:ボイスレコーダの両方の記録装置として機能します。実際、会議等でボイスレコーダとして使ってみましたが十分録音できます。しかも、これってカメラと違って気づかれにくいのですよね。作動させて机の上においておくだけで、メモリカードに10時間以上録音できますから。

さて、今回の本論は気づかれずに記録できる云々ではなく、社会全体でみんなが外部記憶を普通に持っている社会はどうあるべきか、とういうことです。

人間の記憶は、当然その人だけのものであり外部に持ち出すことはできません。記憶が薄れても、改めて再確認、ということはできないわけです。しかし、カメラが小型化し、デジタル技術によって記録媒体も小型化すると、「24時間つけっぱなしで見たままをずっと記録していく」、人にとっての「外部記憶」も夢ではないところまで来ているでしょう。
実際、今ある部品を組み合わせるだけでもベルトポーチ程度のサイズで「常時記録」を実現することは十分可能と考えます。(HDDレコーダで、まあ、見られる画質で1時間/1GB程度の容量。iPodが40GBの容量を持つことを考えると・・)さらに、安価で大容量のメモリも開発されていますから、技術的には十分手が届くところに来ています。

さらに、単に記録するだけでは再生するために同じ実時間がかかってしまうため実用的ではありませんが、画像/音声認識ソフトが発達し日付とともに状況インデックスと検索機能がつくとどうなるか。「えーと、先月あったあの課長はどんな顔だっけ・・」とか、「彼女、あの時なんて言ったかな」ということを瞬時に検索・再生が可能になります。まさに「外付けメモリー」として機能するわけです。

ただ、社会はそうは行きません。というのも、「人は忘れるものである」「人の記憶は他の人には見えない」ということが今の社会の前提となっているからであり、プライバシーという概念も、この生物学的事実を前提に成り立っているといって良いでしょう。

今のケータイカメラの普及は、前提が崩れつつあることを示しています。となると、どういう社会が望ましいのか。マナーだけで済むのか。外部記憶をみんな持っていることが普通になって、第三者に見せる/見せないを法律や倫理で規制できる社会がうまく作れるのか。難しいところに来ていると思います。

2004 07 03 [携帯・デジカメ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004.07.02

インターフェースの地位はどうあるべきか

「そうは問屋が卸さない」というのは物事が思うようにはいかないものだ、ということわざですが、「問屋」が卸すかどうかが物事の決定権を持つ、すなわち流通、広義でいえばインターフェース部分が重要であった、ということを示していると思います。

さて、ここで「あった」と過去形で書きました。というのも、現在たとえばインターネットの発達によりインターフェース部分の従来の地位が下がってきているのではないか、と思っているからです。ありていに言えば「中抜き」ですね。政治で言えば、「行政」と「市民」がいて、その間の「政治家」(議員?)について、「口利きをする」という権能が落ちてきている、または一部で通用しなくなっている、ということではないか、と思います。

ところで、議会の議員の本来の業務は何か考えて見ましょう。国会で言えば「立法」ですね。法律を作ることで国家のルールを決めていくことです。ところが、国会の権能のひとつにある「予算の検討」過程において「陳情」を受け、その「陳情」を実現化する、さらには単に「役所に圧力をかける」というところに力が入ってしまうと、ひっくり返って「議員は役所へのつなぎをする機関である」となってしまいます。ユーザである国民にとって、本末転倒な現象がおきてしまっているのです。

まあ、利用者と利用される対象ではなく、そのインターフェース部分が実質的な権能を持ってしまう、というのは過去色々ありまして、たとえば徳川将軍の側用人である柳沢吉保が実質的な権力を持ってしまうとか(将軍に情報を伝えるか否かの判断ができる)、直訴禁止によって代官の面目を保っている、とかの例が挙げられると思います。

もちろん、対象側も無限の処理能力を持っているわけではありませんから、優先度の順位付けとしての前処理、というのはシステム設計上必要でしょう。ただ、あくまでもサブシステムである前処理が本システムの効率を却って落としてしまっているのでは、というのが現在の色々な問題点ではないでしょうか。

つまり、かつては人間が処理しなくてはならなかった、その分インターフェース部分の段数を多く取る必要があったのが、情報処理技術の発達により自動化でき、段数を減らせるにも関わらず未だに生き残っているためムダなコストがかかっていると思われるのです。

取り次ぐだけならば機械で出来る時代、インターフェースは本来の黒子に戻るべきではないのでしょうか。また、黒子ではなく高い地位を求めるのならば単純なインターフェースではなくネゴシエーションなり、提案機能なりの「付加価値」をつけることでその地位を高めていく努力が必要であると考えます。

冒頭の問屋の話に戻りますが、問屋業界も中抜きにあってかなり減りました。しかし、現在生き残っている問屋は商品の選別や組み合わせの提案、さらには商品開発能力まで備えた形でパワーをつけることで中抜きの流れに対抗し、自らの価値を高めているようです。

2004 07 02 [経済・政治・国際] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック