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2004.09.06

ジャーナリズムは社会を動かすようになるべきか

 グーグルニュースの発足が新聞社などの報道企業に与える影響について色々と考えてきました。その中で、「ジャーナリズム」というのは、いったいどういう姿が「理想的」なのか、ということが問われていると思います。

 メッセージ性は必要なのか。脚色や演出はどうなのか。クールなのが良いのか、対象にのめりこむ位が良いのか。

共産党の機関紙である「赤旗」は、共産党の考えることを伝え、そしてそれが正しいものであることを前提として編集されているでしょう。そして、その意図を持ってメッセージが作られていますが、これはそれを前提としていることが認知されているため、そのことに対して非難することは、これ自体が間違っていると思えます。


では、一般のTVや新聞はどうすればよいのか。「事実を淡々と調べて伝える」事が本分であり、社会を特定の方向に向けようとすることはすべて「偏向」なのか。価値判断を交えるべきか否か。ジャーナリストといわれている人たちは常に考えていることと思います。

ジャーナリズムの中立性というのは、メディアを使った政治的宣伝に抵抗するための方便、という見方ができると思います。主に政治を中心とする各種権力のチェックシステムとしてのジャーナリズムと考えれば、特に中立性が重要でしょう。すなわち、「行為は皆に知らされ、秘密裏に行うことはできない」という意味で。

そして、「起きたこと」に対する報道であるならば比較的中立性のチェックは可能です。ただ、次に「こうなった場合の予測」や、「こうなりそうだ」、そして「こうなりそうだからこうしよう」とまで行くと、ジャーナリズムの範疇を超えていくのではないか、ということになるのです。

特に、「こうしよう」を言うことは実行力と責任が問われると思います。そして、実行もしないし責任も持たないのに「こうしよう」ということは、単なる宣伝か当事者意識の無い「評論」でしかなくなります。言論をもってある方向へ社会を向けようとする、これは政治そのものでしょう。これをジャーナリズムの中立性を楯にとって言うだけ、ということがあるゆえに、メディア側が批判されるのだと思います。

中立を保つということは、ある意味きわめて厳しい覚悟がいると思います。報道で言えば、自分が気に入らなくても客観的な報道基準に照らしてそれに則って、自動的に報道を行う、それくらいのことをしないと「中立な報道」とは言えないでしょう。

単なる民間企業である報道各社にとって、この条件は守れない、というのであるならば、最初からジャーナリズムの中立性と守られるべき「知る権利」などの錦の御旗は上げないほうがいいと思います。「私達はこちらが好きで、このようにしか報道しません」と言ってくれたほうがまだジャーナリズムに近づくでしょう。

まあ、報道はいろんな意図を持って演出されている、ということを知ることがメディアリテラシーの教育として必要なのでしょうけど。

2004 09 06 [報道] | 固定リンク

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コメント

トラックバックありがとうございました。
遅ればせながら、こちらからもトラックバックさせていただきました。
グーグルニュースついての考察など、たいへん面白かったです。またおじゃまさせていただきます。

投稿者: ゆびとま (Sep 11, 2004, 9:20:30 AM)