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2004.09.07

リスクの許容度と常識

 昔のことです。アメリカのオンライン書店(アマゾンではない。アマゾンができる前の話)で本を買うのに、telnetでつないで平文でカード番号流して買ったことあります。もちろん、当時でもインターネットの仕組みは知っていましたし、カードを使うことのリスクも承知していました。ですので、こういうことをした後は利用明細をかなり細かくチェックしていたものです。(今はさすがにできませんけどね)

 今でも、SSLで暗号化されているとはいえ、盗まれる可能性はゼロとはいえません。ただ、これは通常の店でカード番号が書かれたカーボン紙が盗まれる可能性とどちらが高いだろう、というと大差ないように思っています。(海外旅行でカードを使うと、写しをもらうように要求しなさい、とガイドブックなどにあったように思います)。

 まあ、カードのシステム自体が「不正使用がある」ことを前提とした保険料などが込みで作られていますので、(いました、というべきか?)ある程度安心感もあったのです。

 ネットバンクシステムも、多少の不安感はありますが、トータルでの利便性とリスクのバランスを考えればまあ妥当なところかな、と思って使っています。

 前回は「まとめること」の問題点を述べたつもりであり、ネットを使ったシステム自体は許容度のうちかな、と思っています。ようは、「まとめること」によりネットを使うシステムにあるリスクをヘッジすることができなくなることが問題かな、と感じたので(適度に分散することで、破られたときのリスクを減らすことができる)。

 ネットの利便性と危険度は、自動車と同程度かな、と今は思っています。危険度を下げるよう皆で努力していくことは交通事故を減らしていくための努力と同様に必要ですが、生活への寄与度も大きいためいまさらやめられない、という状況にあると思います。

2004 09 07 [パソコン・インターネット] | 固定リンク

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