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2004.10.12

技術発達の波と変革

今年のCEATECは、大型薄型ディスプレイというわかりやすい技術もあり、相当にぎわっていたと思います。また、技術発達にはなぜか波があり、なにもこんなにまとめて出なくても、と思うくらい無いときは静かで、出るときはまとまって出てきます。ここ2年くらいは、この上げ潮の時期では無いかと思うのです。

さて、最近の新技術について共通のニオイを感じる、というコラムがありました。これは、人の動きをそのまま使って情報伝達や認証にしよう、というものです。言ってみれば「人が正しいと認めているものは機械ばそれに従う」というものと言っていいかもしれません。逆に言えば、理論レベルで厳密性を求めるほどのものでないものも沢山あり、そういう程度のものならばもっと簡単にしよう、という動きとも取れます。

最近の技術の発達に関しては、疎外感を持っている人も多いと思います。特にIT関連で多く見られます。ただ、これは「技術を使いこなす」ことをユーザーに要求しているためであり、もっと技術が発達すればまた人が前面に出てきてより使いやすいシステムになっていくと思うのです。エージェントにしても、その人に常にくっついていてパターンを読み、適当にいうだけでその人にあったものを出していく、ということが期待できます。既に実用化されているのでは、ケータイメールの辞書ですね。少しの入力で先読みして候補語を出していく。そして、その人が良く使う言葉が優先し、どんどん使いやすくなっていく。これが、エージェントの基本的な姿でしょう。でしゃばることなく、機能を判りやすく提示し、使っていく。エージェントの存在すら意識させないレベルになって、初めて「使いやすい」ものになっていくと思います。

インターフェースも、音声よりはむしろスイッチの方が「人」でないものを扱うためには人の意識としては使いやすいのかもしれません。人に似すぎていると、使わなくて良い人に対する気遣いまで必要になってしまうことになりかねませんので。

そうなると、今試験されているロボットのデザインが、人の形をしていても表情を持たせないようにしているのは、技術者の本能としても正しいように感じます。

2004 10 12 [科学、学問] | 固定リンク

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