« どこでもドアがある社会とコミュニティ | トップページ | PC文化は壁にあたっていないか »

2005.02.19

甲子園のライトスタンドとネット言論

マスコミ系のBlogがコメントで炎上、という事が何度か起きており、またコメントスクラムについても放置すれば怖くない、という発言もあったりします。これらについては、ある意味「ネットは全世界に大声で叫んでいるのと同じ」ということを理解していないのかな、という程度でしか思っていません。この3月ついに無くなるNiftyなどではむか~しからありましたしね。

ただ、気になるのはいわゆるリベラルと思われるような立場のBlogの方がこの手の炎上に逢いやすいというか、弱いな、というところです。

例えば、企業の経営側を組合側にたって批判するのはよいのですが、では極論を言えば組合が株式の例えば3分の1を握って経営に対して拒否権が出せるようにすべきなのか、ということに対する答えを持っていないように感じるからです。(MBO(Management Buy Out)ならぬRBO(Rabors Buy Out)?)一部の倒産企業での再生でこの形をとることはありますが、通常の労働運動での限界が「異議申し立てはするが当事者意識は低い」というここにあると思います。

で、ネット右翼と言われる人たちですが、これは私は甲子園のライトスタンド(別に東京ドームでも広島市民球場でも良い)で陣取ってホームチーム(ここでは自国)を応援している人たちの声に近いのでは、というように思っています。熱心なファンで造詣が深いほど、間抜けな采配やプレーに対してはホームチームであってもブーイングを飛ばしますが、相手チームの応援があまりに変であればそれに対する攻撃性は相当高くなっていきます。ただ、これは組織化されているものではないのですよね。ライトスタンド1号~とか行ってリーダーがいるわけではないですし(中には応援団、というようにある程度小さな組織はあるでしょうが)。

 いわゆる左翼言論人(こういうカテゴライズはすべきでは無いと思いますが)にしてみれば、せっかく見つけた安住の地を侵されているように感じているのかもしれない、とすら思ってしまいます。

少し話がそれますが、IT系の雑誌などは技術の進歩にあわせて出てきたため、書き手と読み手のレベルが比較的近いと思います。このような関係では、書き手は緊張感を持つと同時に、読み手も逆に相手のレベルがわかっているため過大な期待をしない、ということもあるのではと思っています(Longhornのリリース時期をスクープした、と言って間違えても誰も気にしませんしね)。

ただ、一般紙では逆にまだ「メディア幻想」が生きているのでは、とすら感じています。この意味では、グーグルニュースにしんぶん赤旗が入っているのは面白いでしょう。赤旗はご存知の通り日本共産党の機関紙です。ですから、偏っているのはある意味当たり前であり、読み手も書き手も了解している分、突っ走ることができるでしょう。そして、グーグルニュースという記事の並列読みができる環境で比べるとどうなるか。スクープ紙としての価値が上がるかもしれません(偏っている記事は読者が好みで取捨選択すれば済む話だし)。

で、話を戻しますとメディア側はもう中立という旗は降ろしたほうが良いのでは、少なくと「主張」するのならばそれなりの裏づけが無いと、スタンドからブーイングが聞こえてくるよ、ということだと思います。今まではテレビ観戦しかできなかった観客がスタジアムに入ってきたようなものだ、ということで。

2005 02 19 [パソコン・インターネット] | 固定リンク

トラックバック

この記事のトラックバックURL:

この記事へのトラックバック一覧です: 甲子園のライトスタンドとネット言論:

コメント