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2005.02.28

流通を抑えたものがすべてを握る

タイトルは、「そうは問屋が卸さない」という言葉が示しているものですね。作るだけでは商売にならない、売るための手段を握っている方が強い、ということをあらわしています。ただ、流通もカルテル化すると売る方、買う方双方に不満が募るため、自由化や新規参入への圧力となっていくと思うのです。

で、ここ近年の日本で傾いていった企業を考えると広義の流通関係企業が多いですね。不動産、金融、スーパーやデパート、そして今回の報道と。

不動産業は自分で土地を作るわけではなく、既にある土地の所有権移転を手伝う業務です。この中で、整理して大きくしたり地ならしをするなどの付加価値をつけることはできますが、埋め立てをして増やしていくということをした、という話は聞いたことがありません。

金融機関も同様です。自分で金を作り出すことはありません。集めて動かしやすくする、欲しがるところへ持っていくのが金融機関の仕事でしょう。

スーパーも同様ですね。ここは文字通りの流通業です。そして、報道機関は情報の流通業です。自分で整理して記事を書くことはあるのですが、事象そのものを発生させることはありません(あったらそれは報道ではなくなる)。

これらを見るに、「そうは問屋が卸さない」という問屋に安住してしまったことがすべての敗因ではないか、と思ってしまいます。そして、今回報道という情報流通に同じ波が襲ってきています。それもネットという大波が。

ネットは既に能力としては映像と音声と文字を総合的に流すことができるなどテレビを超えています。劣っているのは知名度、使いやすさ、レスポンス、現状流れているコンテンツの質という程度にまでなっていると思います。

まあ、ユーザーの習慣としていきなりテレビがすべて食われるということは無いでしょうが、何かあったときに現状報道機関を抑えれば情報が伝わるのを防げる、ということは既になくなっています。ライブドアの意見にしても、今までならば報道機関側が抑制するようなことが起きたかも知れませんが、現状ではライブドアが少ないユーザー向けとは言え独自に自分の好きな様に声明を出すことができます。ネットで裏を取る、という行動が普通になっていくと思うのです。

囲い込み戦略はWin-Winの関係になって初めて通用するのであり、片方だけが利益を得る、というのではどこかに無理が生じるでしょう。あらかじめ明文化されたルールで自由にアイディアを出し合う、というのが発展の源だと思います。

(本エントリは、週刊!木村 剛への投稿でもあります)


2005 02 28 [経済・政治・国際] | 固定リンク

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