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2005.02.18

どこでもドアがある社会とコミュニティ

ドラえもんのひみつ道具の中で1,2を争う人気があるのが「どこでもドア」です。わかりやすいネーミングと機能により、人気があるのもうなづけます。しかし、このどこでもドアがある社会では、コミュニティというのは成り立つのでしょうか。

肯定的に考えれば、地理的条件がまったくなくなりますので現在インターネット上で見られる近い趣味や考え方の人たちが地理的条件を無視して(仮想的とはいえ)集まっている、ということがリアルに可能になる、という見方ができます。これは、現在ネットにおいても人々が集まって明るく暮らしている、ということからもいえるでしょう。

ただ、どこにでもすぐ行ける、ということは人々が通過することで集まっていく、という賑わいの場所というのは成立しにくいように思えます。例えば、大型ターミナル駅とか、空港とか。これは、今でもかつて交通の要衝と言われた宿場町などがことごとく寂れていることが象徴しているでしょう。

社会が個人単位でカプセル化し、どこでもドアでアクセス許可済みのところへ自在に行く、というのは自由ではありますが、カプセルから出て行けない社会になるかもしれません。前記のように、社交性のある人はネットだろうが、カプセル社会だろうが問題なくコミュニティを作っていくでしょうけど、かつてあった無理やりにでも作られるコミュニティがあり方を意識して作っていかないとできなくなる、というのは社会の不安定要因になるようにも思えます。

コミュニティリテラシーとでも言うものをネット教育と同時に行うことが必要なのでしょう。

2005 02 18 [経済・政治・国際] | 固定リンク

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