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2005.03.30

国家も捨てたものでは無い

私は、どちらかというと小さな政府を志向しています。規制は少なめに、自由度を上げていった方が活力も出ますし、その都度の状況にあわせた最適な状態に落ち着くのではないか、とも楽天的に考えています。さらに、インターネットによってより個人の活力を出せるのでは、とも思っています。ただ、最近は国家というシステムも実のところ結構有用だな、と感じるようにもなってきました。


例えば、自分が属するコミュニティを明確化する意味。これが「国家」である必然性は無いのですが、暴力を振るう人間や組織が存在する以上、これに対する組織として世界的に認知されているのは国家だけでしょう。また、コミュニティ内の規則に実効性を持たせる仕組みとしても、国家というシステムはそれなりに有効だと考えます。強制力を持たせるために認知されているからです。

また、それぞれの国家はコミュニティをあらわしているため、あるコミュニティが別のコミュニティにいる人間に対して影響力を及ぼそうとする場合に相手に代表者がいる方が交渉が楽になります。1対1の状況になりますから、1対多で見られるように収拾が付かない状況にはならないでしょうから。

こう考えていくと、これらのメリットは通貨というシステムのメリットに近いものがあるように感じます。通貨それ自体は実体があるものではありませんが、通過というメディアを通すことで価値を一般化でき物資の交換が自由にできるようになったからです。

不合理でマネージがうまくいかない部分もあるでしょうが、無秩序は避けるべき、という認識をあらためて持ちました。


2005 03 30 [経済・政治・国際] | 固定リンク

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