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2005.03.09

限られた携帯機器市場の奪い合い

かつては携帯音楽機器というとウォークマンが代名詞でしたが、現在はiPodにその座を奪われてしまっています。関連する周辺機器市場も盛り上がっており、Mac自体がiPodの周辺機器、という見方すらできる状況になってしまいました。

さて、今まで携帯する機械という市場は色々な挑戦者が現れてきましたが、実質成功したといえるのは3種類しかないと言ってよいように思えます。腕時計とウォークマン(現iPod)とそしてケータイです。他の機器は、狭い市場ではなんとか生き延びていますが、メジャーにはなれていないと思います。

さて、これはやはり人間の肉体の限界と「ファッション」(とファッションが由来するコミュニケーション)に原因があるように思っています。誰でも、いくら便利でも携帯電話とPDAとコンパクトデジカメとiPodと腕時計とハンディGPSとを全部常時持ち歩け、といわれれば嫌になる人が多いでしょうそして、携帯できるものが少ないがゆえにその狭い市場を各機能が奪いあうか、現在の重装備ケータイができあがっていく方向に向かうと思います。

もう一つの問題は、「持っていて恥ずかしくないか」ということがあります。今、時計はどちらかというと機能商品ではなくファッション商品(コミュニケーションツール)になっていると思います。機能だけで言えば100円ショップのデジタルウォッチも100万円の高級時計も時間を知るだけならばほとんど変わりません。違うのはファッション性(ステータス、満足度、自慢できるなどのコミュニケーションの武器)だと思います。これは、逆に言えばマイナスのファッション性をもつ機械は携帯するに値しない機器、となってしまうのです。

こういう目でiPodをみれば、そのファッション性は群を抜いています。人に見せびらかしたくなる、というのは十分必要な機能であり、アドバンテージとしてきわめて強力な武器となるのです。もちろん、使い勝手や実際の性能に不足がないのが前提なのですけどね。

ケータイもauのデザインプロジェクトで見られるようにファッション性重視に舵を取ろうとしています。ただ、デジタル物でファッション性重視といえるのは、性能としてファッションに振っても問題ないのが前提としないと「格好だけ」になりまたコミュニケーションの際にマイナス要素となるでしょう。

人間が持ち運ぶ枠はあまり残っていないように感じます。高機能メガネでもできれば別ですが、現状ではまだまだですしね。社会に受け入れられるのも機能だけではだめなため、難しいように思っています。

2005 03 09 [経済・政治・国際] | 固定リンク

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