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2005.04.01

国家がマネージする社会

犯罪について、犯人がつかまり裁判で有罪が確定したとしても、これは刑事事件であり犯罪被害は別途被害者が犯人に対して請求する形になります。しかし現実は犯人が賠償できることは少なく、被害者は泣き寝入りとなることが多いと聞いています。つまり、この場合国家が税金を使って行っていることは秩序の維持であり、犯罪者を捕まえ罰を与えることで次の犯罪を抑止するところまでであり、被害を回復することは管轄外、となっています。

これは、社会の「秩序」のレベルをどうみるか、ということにも関わってくるでしょう。憲法でいうところの「安全で文化的な生活」がどういうものか、が社会の変化によって変わってくること、生活保護を受ける人がエアコンや自動車を持つことがふさわしいか否か、という議論と同じことになってくると思っています。

そして、これらの要求レベルの変化についていけなくなっているのが教育であったり、医療であったり、治安維持であったりするのではないでしょうか。

今の憲法が想定しているのは「教育を受けられる状況を作る」までだったり、犯罪者を捕まえて法に基づいて処罰するまでだったりするわけで、それ以上は考えていないのですよね。

医療についても同様でしょう。保険により、経済的に医療行為を受けられない、ということは避けられるようになりましたが、そのレベルについては特に管理はされていません。過去においては贅沢だ、思われていたことが状況の変化により常識になり、そして無いとおかしいものにまで変わっていく、法は絶対値しか規定できないが価値は相対的なものですので管理レベルを変えていかなければならないが法的、経済的な手当てはできていません。

管理するかどうか、ということも政府のありかたとして当然決めていかなければなりませんが、管理するならするでそのレベルを社会に対してどの位置にするべきか。こちらも同様に議論の余地が大きいと思います。

2005 04 01 [文化・芸術] | 固定リンク

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