« 今週のニュース(4/17~4/23) | トップページ | 品質管理手法と企業マネージメント »

2005.04.25

金を払ってでもほしがる情報

メディアと広告について書いたエントリについてR30氏が取り上げてくれましたので、さらにもう少し考えてみました。

広告主の立場でみれば、前回書いたとおりこれは「売り上げ」(≒利益)を上げるための手段です。そして、方法論としては「数をうつことで知名度を上げて知らないものという違和感をなくす」、「格好いいことを言ってイメージをあげる」、ということがありますが、当然投入した広告費以上の利益につながらなければ何の意味もありません。この点、比較的明快です。では、今度は広告を受けるほうにとっての意味はなんでしょうか。

わかりやすいのはスーパーの特売チラシですね。安いことを知ることで、安価に購入することができる。したがって、チラシを見るか否かは意味がある、と消費者には一般には認知されているでしょう(広告が多いか少ないかで新聞を選ぶ人もいますしね)。メールマガジンの広告もこの類と見てよいと思います。読むことに投入する資源(一般には時間)を回収できるお得度があるから広告を見るわけです。

次に、「作品としての広告」ですね。いわゆるブランドはこのうちに入ると思います。ロゴを身に着ける、ということは広告というよりもファッションとして捉えられてる面があるでしょう。

で、テレビ番組でも同じことが言えるでしょう、というのが昨日の山口氏のこのエントリ。CMを番組とシームレスに作ることでよりイメージアップを図って行くという手段について述べられています。まあ、子供番組では昔からやられていることですけどね(デカレンジャーでは、出演者がそのまま牛角で焼肉食べるCMが流れていました)。

どちらにしても、広告についても「ユーザーの時間をもらっており、それ以上の情報を提供できる」という立場がないと単なる押し付けとなり「スパム」になってしまうと思います。テレビ用ハイブリッドレコーダでCMスキップのための30秒スキップとかのボタンがあるのはスパム扱いされている証拠でしょう。今のDRMでは無理でしょうが、たとえばソニーの楽レコのようなユーザーの好みを見て録画するマシンが進化すれば、今のメーラーに装備されているような「スパムフィルター」ならぬ、「CMフィルター」ができて意味がなくなってしまうことも想像できます。

かつてCMがトイレタイムといわれていたことを、改めてCMを作る側も意識して行かなければいけないな、と思っています(自分の会社で作ることがあってもね)


2005 04 25 [メディア] | 固定リンク

トラックバック

この記事のトラックバックURL:

この記事へのトラックバック一覧です: 金を払ってでもほしがる情報:

コメント