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2005.05.13

郵便のあり方はどうなのか

今開かれている国会でもっとも首相が重要視しているのが郵政民営化法案の成立です。反対派もいろいろ意見があるようですが、大雑把には、首相は「民営化すべし。無駄を省く」、で、対する抵抗勢力は「民営化したら地方から郵便局はなくなる。これでは困る」ということを論拠にしているようです。ただ、やはり盛り上がらないのは郵政をどうすべきかが主題ではなく、郵政を変えるまたは維持することは手段であって、そうることで起こる/起こらないことが目的化しているように思えるからだと感じています。

では、郵政をどうする、ということを目的として考えるとどうでしょう。たとえば利用度。郵便局が近くにあるべき、ということを理想として掲げるならば、人口比で何人の中で1箇所以上とか、時間距離はどうか、ということが検討されてしかるべきでしょう。市町村単位でもよいかもしれません。

さらに、郵政の提供するサービスはどこまでか、誰が行うべきかということもいえるかもしれません。極論すれば、全国の市町村に必要ならば全国の市町村役場に委託する、ということも手段としてはありではないかとも思うのです。どうせ同じ総務省なんですしね(内部の縄張りは私は知りません)。

民営化されても同じことが言えます。郵政会社の出張所を誘致したって良いでしょう。宅配便の旗が地方にだって立っているのだからゆうぱっくの旗が立っていても良いわけです。それこそ、地方公務員に委託するための手段を法的に検討したって良いわけですね。郵政のサービスを維持する、ということが目的であるならば、その手段はいろいろと考えられますから。

出自をたどれば、郵便サービスが日本全国どこででも受けられるということは、国家としての一体性を維持するための手段としては有効であり、どこの国でも整備が行われてきました。そして、この目的に対する手段として、コストが見合うか、コストがかかりすぎていないか、という見地での議論もあってよいと思います。しかし、今の議論はどれも手段を目的化して行われているがゆえにかみ合わない、盛り上がらないとなってしまっています。ただ、こうなってしまうと一般市民としては自分達の国家の行く末ではなく、国家というシステムの動きを予想しながら勝手に自分に利益が及ぶように、被害が及ばないように動く、という昔ながらのお上と庶民という形になってしまうと思うのです。これは世界中どこでも起きていることでしょうが国家戦略としては不幸なことになるでしょう。エネルギーが分散してしまいますしね。

誰にも干渉されないようにうまく通してしまうのが政治、ということではなく、正面から堂々と突破できるような形での議論、受け止めて判断できるだけの成熟した社会を目指すのが、長い目で見て国家の競争力をつけていくことだと感じています。
(これは企業でも同じですね)

(本エントリは週刊!木村剛へも投稿しています)



2005 05 13 [経済・政治・国際] | 固定リンク

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