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2005.06.02

住基ネットは忘却を知っているか

極東ブログにて、住基ネットに対する二つの判決が言及されています。個人的には別に4つの情報だけだし便利になるからいいじゃない、と思っていましたが、なんとなく吹っ切れないものがあり、改めて考えてみました。そして、先に言及されている中で「国民に一意でかつマスタキーとなった識別子が国家によって保証される」ことが問題ではないか、との意見である程度腑に落ちるものがありました。

さて、サービスを受ける側においては一貫したサービスがあるというのは便利なことです。ではなぜ嫌われるのか。その理由のひとつとして、マスターデータがあると「リセット」が出来なくなってしまう、ということがあるようにも思えるのです。

もし生まれたときから個人にキーコードが与えられ、それに関する記録が永遠に引き続けられるとどうなるか。過去に犯したありとあらゆる失敗がすぐに知られて、「逃げ出す」事が出来なくなる、裸一貫から出直す、ということが世間的に出来なくなってしまう、というような恐怖があるようにも思えるのです。

コンピュータシステムですので、過去の記録をどう消して行くのか、ということは実はルール化することが極めて難しいです。人の記憶であればなんとなく消えて行ってしまうのはやむを得ないでしょう。紙の記録も、保存はしていても物理的な損耗があることは仕方が無いでしょう。ただ、コンピュータデータとしてバックアップを取っていない、停電で消えてしまった、というのは許されない、と思うのです。では年数で区切るのか。となると存命中は消せないだろう、場合によっては死後30年は保存、となってしまうと思うのですよね。

管理側とすれば別に悪意でなくても(テロリストの排除など)、それぞれの人の過去を知りたいというのは当然でしょう。ただ、こうすることが普通の人々に対して逃げ場をなくしてしまう可能性がある、というのが「完全なデータベース」に対する感覚的な恐れにつながって行くように思っています。

であるがゆえに、このシステムを使う「人間」に対する教育なりルールの徹底なりがより明確な形で行われないと一生自分のやらかしたことに対することが忘れさせてもらえない、という恐怖を与えるような社会になってしまうのではないでしょうか。


2005 06 02 [経済・政治・国際] | 固定リンク

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