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2005.06.06

ネット上でのアクティブと現実社会活動でのギャップ

Blogが一種のブームとなり、ジャーナリズムという形で社会に変容が起きるのではないか、という期待感が一部に出ています。また、既存メディアが従来の形ではネットに対抗できない部分が生じているのは事実ですので、この面でも期待感が出てきています。ただ、ネット上のムーブメントが(日本では)必ずしも実際の社会での行動に結びつかないことが多いようにも思えるのです。

この現象を「リアルの谷」と仮に呼んでみましょう。これは、匿名Blogが多いことにも関係があるのかもしれません。

さて、実在する人間が日常直接感じることが出来る社会というのは昔からそうは変わっていないと思います。朝起きて、仕事場なり学校なりに行って、働き、帰ってくる。もちろん、人それぞれの違いは大きいのですが、メディアを通じて得られるバーチャルな社会の方が圧倒的に大きいと思います。

そして、社会にかかわりを持つ手段としてネットを通すというのは従来のメディアと同じなのですが、そこでネット自体を自分の防壁なり、堀にしてしまっている面が否めません。まだバーチャルな方法を使っていることを自覚していれば良いのですが実像そのものだと勘違いしてしまうといわゆるピント外れになってしまうではないでしょうか。

このように考えて行くと、現実にある社会活動での究極のヴァーチャルは法律でしょう。法律で想定しているのは現実に基づいて抽象化された社会であり、現実そのものではありません。これはマスマーケティングという状態も同じですね。リアルを突き詰めて行くと個人にたどり着きますが、どちらも「マス」を対象としている分抽象化=仮想化(バーチャライズ)は避けられません。ただ、政治はリアルを扱っているということが認知されていますが、現状ネット側はバーチャルであってリアルでは無いといわれています。となると、バーチャルでありながら実社会に大きくかかわって行くことに対すると認知されていないこと、そして行動する人もいないことがネット社会の問題点であり、BBSがネタ以上でも以下でもない、ということなのでしょう。

ネットは地理的な制限にとらわれずに活動が出来るというメリットがありますが、逆に機動性がありすぎて相手がいつでも逃げられる、という不安感を与えてしまう面もあるでしょう。「リアル」を言う人たちが求めているのはこの「逃げられないよ」という担保を確保しているという安心感であり、ネットを使う側から見て谷の反対側に隠れているということは許されないということではないでしょうか。

そして、通常リアルといわれている人たちに認知されているような状況では、ネットは単なる道具であって仮想社会というようには言われなくなっているでしょう。

このような論を筆名で書いている事自体説得力が無いといわれるとは思いますが、今回はあえて書いてみました。

2005 06 06 [経済・政治・国際] | 固定リンク

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