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2005.07.02

郵政民営化の先にあるもの

日経BPでリスクマネジメントを主題に「Safty Japan 2005」という特集サイトが組まれています。この中で大前研一氏が「国境なんて意識するからリスクが生まれる」という論を展開されています。

この中で、「食糧危機は自給率とは関係ない。農業補助金を使えばオーストラリアの農地が全部買える」という一説があります。確かに、農業生産という事を考えればその通りでしょう。では、なぜ各国が農業保護から逃れられないか。有権者=生産者だから、ということが国家の枠組みといえるからではないでしょうか。

国家の意思は基本的には国民の意思の集合体です。最強は消費者である、というのは間違いないでしょうが、逆に言えば純粋な消費者であり続けることはできません。消費する為の代価を無限に持つことはありえないからです。代価を稼ぐイコール生産することですので、生産者としての面を持たなければなりませんし、生産者としての競争力は維持し続けなければなりません。

生産者としての競争力を維持する為の枠組みは、基本的には「企業」でしょう。国家である必然性はありません。しかし、「農業」という分野ではどうか。歴史的な経緯から農業生産を企業的な経営で行われている分野はほとんど無いと思われます。あるとすればいわゆる「プランテーション」ですが、こうなることは今のところ有権者が許さないような状態にも見えます。

先のオーストラリアの農地を買う論では、日本国が食料を入手する、という手段だけを考えれば有効と思います。ただ、国内の有権者を、そして有権者への仲介をすることが権力となっている国家システムにとっては思いもよらないこととなります。さらに、文化論まで飛び出してきた日には手がつけられなくなるでしょう。


郵政も同様ですね。「郵便を運ぶ」、「金融の決済手段を提供する」などだけを考えれば、各自治体の役所にATMと窓口を置いて業務を委託する、ということだってありえるわけです。ATMに関して言えば現在既にコンビニにすらある時代ですから、不可能とは思いません。しかし今争っている本質は違うところにあるのでしょう。すなわり、労働問題です。

農産物を100%輸入で済ませるとして、農業者は全部首にできるのか。彼らの仕事のケアをしなくて良いのか。国家戦略として、という事自体が実は国家を意識している矛盾となってしまいます。すべてを市場へ、ということも出来ますが市場・金融システムは生物ではありませんので生物である人間の生態を考慮しないこととなりかねません。

民営化がすなわち首切りではないでしょうし、より発展することもあると思いますので今回の民営化そのものは私は賛成です。ただ、人が運営している社会という面自体は忘れないようにしないとまずいのではないか、と感じています。

2005 07 02 [経済・政治・国際] | 固定リンク

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» 続続・郵政民営化 〜前島密、集団就職、国鉄・電信、自給自足〜 from 待つ人のブログ 〜アフィリエイト、コンピュータ、意見など〜
「郵政民営化と自給自足の関係」と聞いて、すぐに意味が分かった方は記事を読まなくても結構です。たぶんあなたの考えと同じ事を下手な文章と稚拙な論理を用いて主張しているだけです。 郵政民営化に賛成の人は、「郵便事業や郵貯などの金融業も市場にもまれた方がよい」と..... 続きを読む

受信: Aug 15, 2005, 12:52:15 PM

コメント

郵政民営化問題で気を付けなければいけないことは、推進派も反対派も誤魔化しがあることです。郵便の不経済、郵貯の金の使い方の問題、簡保の不必要、と推進派が言っても、郵貯の金の使い方をどうするか基本の問題解決なしにいい加減なことを言ってはっきり決めてない。アメリカのドル防衛に使う可能性は十年前から噂されているのに**金の安易な運用?を規制する法律は作る気が無いのに**改革を名乗っている。
現状はもう安易に公共事業に郵貯は使えません。民営化されないほうが国民の利益は維持されます。と言っている面々の顔ぶれを見てもため息が出る。「談合は必要で悪くない」と公言し、企業の利益を国民の利益より優先することを堂々と述べる。民間企業は絶対そんな取引はしない事実は言わない。そんな反対派に郵貯問題を任せていいのか?

投稿者: 心象仙人 (Jul 2, 2005, 6:40:59 PM)

心象仙人様

おっしゃるとおり、推進派も反対派も郵政問題はダシとしてしか使っていないように思えます。もちろん、それなりに意味はあるのでしょうがどちらも主目的ではないように。

権力争いの面があり、議論には駆け引きが付き物ということは理解できますが、権謀術数の方が先に来ると「手段のためには目的は選ばず」状態に陥ってしまいます。外部が無ければこれでも良いのでしょうが、外部との競争があるため回りくどいことをしているうちにストレートで進む外部との差が開く一方となっていつの間にか共倒れ、というパターンにも陥りがちです(企業で内部抗争しているうちに本業がだめになって、というありがちなパターン)。

国の状態はこんな悠長なことをしていられるほど安泰な状況では無いと感じているのですが・・

投稿者: skywolf (Jul 2, 2005, 10:39:40 PM)