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2005.08.08

失敗学と管理手法

事故がおきると調査委員会が作られたりして、色々と検討がされていますが、技術的な観点からなんとかしよう、という地道な努力は見過ごされがちです。どのようなアプローチを取るか、何をすればよいのか。物理的現象であれば確立論でしかいえないのだが完全を言い出す人たちにどう対応するか。難しいところです。これに対する考え方として「失敗学」というアプローチが見出されてきました。そして、失敗学の提唱者である畑村教授が最近日経BPのサイトに寄稿しています。


 私のつたない実務経験から言えば、事故を防ぎ失敗をしないようにするためには、地道な努力を少しずつでも積み上げていくしかありません。一発でこれで完璧、という方法は存在しないのです。しかも、確率論でしか物が言えないという辛さもあります。90%を99%にし、99.9%にし、と積み重ねていく、分かった危険性は検討して取り除いていくしかありません。

 で、今度は管理者側の立場で考えて見ます。それも技術者ではなく法律家といわれる人たちですね。現在、日本ではこのようないわゆる「文系、政治家」といわれる人たちが管理者側に多くいるでしょう。このような人たちから見た場合、仕事をする、というのは人に指示をだすことになります。技術者側は実行する手法、内容、確立について実感することが出来るでしょうが、管理者側は自分が実感できない技術内容について判断し、責任を取るというかなり辛い立場にある、とも思えるのです。

 技術者は自然に対して謙虚であれ、との意識が強いでしょうが、法律家は人が言ったことは絶対である、との立場でしょう。ここに危機管理上の齟齬が生まれる可能性が出てくると思います。つまり、「できると言ったじゃないか」というよく見られる発言ですね。内部的にはまだしも、外部に対してこのような態度ですとアウトになってしまいます。

 技術者側は法律家の心理を理解したほうが技術論として有効でしょうし、法律家側は数値には誤差が含まれる、という前提を理解して欲しいと思っています。その上で、複数のアプローチを検討し、採用した手法が失敗しそうだったらすぐに別の選択肢に移れるというだけの機動力と事前検討が必要ではないか、とも思っています。儀中tの詳細を理解する必要は無いでしょうが、勘所を見て、Go or No Goの判断と責任を持つだけの気概がないと、責任を取れる管理者とはいえないと思いますので。


2005 08 08 [経済・政治・国際] | 固定リンク

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