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2005.12.23

居心地の良いコミュニティ

 SNSに関して気になるエントリーが上がっていました。「ガ島通信」で巨大化したMixiは既に「外」ではないのか、ということです。また、小寺氏の「コデラノブログ」では、「SNSの甘さってどうよ」という意見が出ています。私自身はまだMixiに入っていない(招待もされてませんしね)ので内部を知らないで言っていますが、SNSに関する違和感を少し持っています。

以前にも書きましたが、私は10年以上前からのNiftyなどのヘビーユーザーでした。これらは、ある意味内輪にとどまることが多かったのですが、それでも「外」であることを皆で意識して作っていこう、という雰囲気が感じられたものです。これは、パソコン通信である場合、各プロバイダが独立しているため、ほおって置くと縮小するだけ、入るのに結構敷居が高い、という点があったため、維持していくためにオープンを目指す、という意識付けが運営側にはあったように思っています。同時に、匿名・実名の論議もずっとされていましたが、会社は知っている、というのが前提にありました(会員しかアクセスできないのですから当然といえば当然)。

で、現在の「インターネット」でイメージされるのは2ちゃんねるの暴走ぶりなのかもしれません。元々は皆が実名(もしくはこれに近い固定ハンドル)でWhoisで検索できるのが当然だったのが、ある時期から匿名掲示板の普及と検索エンジンの発達により誹謗・中傷が一瞬で広まるということが必要以上に警戒されてしまったことも「インターネット」が怖い、というイメージを作ってしまったのでしょう。

で、当時のパソコン通信などで私が学んだのは「書いたエントリにどこから突っ込みが入っても文句を言わない」ということですね。議論はしますが、オープンな場で書いている、という意識は常に持っています。もちろん、これは今書いているこのBlogでも同じです。ですから、リンクに対して「許可制」というのはどうかな、とも思っています。

ただ、中には「ネットを便利に使いたいが「外」で叫ぶつもりはない」、「内輪の会を作りたいが管理が面倒」、というニーズも当然あるでしょう。ケータイのメールから入ってきた人たち(PtoPですな)のイメージの先ですと、管理者がいない世界、というのは怖く感じられても仕方がないと思っています。

こういうニーズに対して「SNS」ははまったのかな、と外から見て思っています。しかし、これだけが「ネット」であり、他は知らない、出て行かない、というのも勿体無いというような印象を持ちます。

「電車男」も受け入れてくれたネットの物語、でもあるのですが、明らかに外である世界からの「逃げ場」であっては、SNSの先は難しいようにも思えてしまいます。


2005 12 23 [パソコン・インターネット] | 固定リンク

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» [ネット]mixiという幻想の共和国、そこは内ではなく外である from ガ島通信
「ブログはちょっと怖いからやっていないけど、ミクシィならやってますよ」という言葉を聞く事が多くなりました。「招待制」というシステムだからか、まだ、十分にマナーが確立していないインターネットという荒野の「内側」にいるような安心感があるのですが、冷静に考えれば「外」なわけです。招待制、インターフェイス、雰囲気…、いろいろなことが重なり「外」を忘れさせる装置となっているのでしょう。 なぜこのようなことを書くかと言えば、リテラシーという言葉を口に出すのも、あまりに無防備な利用方法がまかり通っていることに... 続きを読む

受信: Dec 24, 2005, 12:54:11 AM

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