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2006.01.09

変化する社会への適応性

私が勤めているのは相当歴史が長い会社で、作っているのもそう変化はありません。ただ、ユーザーからも変わらないことに価値を求められている面が多分にあります。ただ、だからと言って会社の側が変わらなくて良い、ということは全然なく、日々変化の方向を模索している毎日です。環境の変化、ユーザーの意識の変化など外的要因も多くありますし、同じものを同じように作るといっても材料が全く同じというわけではないですし、作っている人も変わっていく以上、その作り手にあわせて作り方自体も変えていく必要があるわけです。とどまろうとすること自体が変化を要求していると言ってよいのだろうと思っています。

また、リスクはどんな状況にも存在するでしょう。とどまることも変化することもリスクがあることは同じです。であるならば、少なくとも留まるにしても「変化の選択肢の一つ」として選ぶ必要があると思うのです。つまり、留まる理由をきちんと意味づける作業を行ったうえでの判断、ということですね。これは、その選択が誤っていたという場合に次の選択肢が自動的に選べる体制を作る、と言う意味でもあります。

行動を選択する、ということは当然ながら「捨てる」という作業を行うわけですが、捨てる選択肢も候補として上がった際、条件設定に合致しなかったから、という理由がつきます。逆に言えば、条件の方が変われば過去に捨てた選択肢が拾われる候補として合致することも「変化」に対応することになるわけですね。

研究の中では「ネガティブデータもデータのうち」という格言があり、思うように行かなかったからといって無為に捨てるのではなくきちんと記録しろ、駄目だったことがはっきりしたと言う事自体に価値がある、といわれています。実験計画には「条件設定」を明確にすることが絶対必要ですので、条件設定の方を変えてみた場合という考え方を常に持つという意味でもあります。

変化することが日常になり、常に次はどの方向に動くかを忘れないようにして常に選択肢を持つような努力をしておけば、社会体制の変化が起きたにしろ、条件が変わったにしろ、極端にあわてる必要は無いと思っています。明日が今日と同じような日であることは誰にも分からないのですから。



2006 01 09 [経済・政治・国際] | 固定リンク

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