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2006.07.24

デジタル時代の本物とは

昨日、千葉市美術館で展示されている「イギリスの美しい本」展を見てきました。これは、15世紀~現代まで、イギリスで出された美麗な装丁の本を展示したものです。装丁ゆえに、本の中身とされるテキストそのものはあまり重視されません。まあ、美術館ですしね。


さて、この展示会を見ていて、「本」ってなんだろう、という思いが強く浮かんできました。たとえば今皆さんがこうして読まれているこのBlog,内容の同一性が保障されているのはテキストデータのみであり、見え方は端末によってすべて変わってくるわけです。ただ、それでも「テキスト」を本質としてみればこれはこれでありでしょう。一般的な書籍も、図版が一切入っていない条件で考えれば著者が指定するのは段落程度であり、単行本と文庫、はたまた電子書籍ですべて見え方が違っても、同じものとして扱われます。

ただ、今回の展示を見ていて思ったのは、こうして出された本とPCのプリントアウトではやはり「違う」としか言えません。言ってみれば、映画とDVDの差ともいえるでしょう。装丁も含めて「体験」をさせるのが「作品」ともいえるからです。

そして、今後は「体験」という意味が今後の消費社会においても重要な位置づけを占めてくるように思えます。単に物というだけでは満足させることが出来ず、いかに良い「体験」をさせるかが消費への動機付けに繋がるからと思えるからです。
(この点は、WindowsXPの"XP"が"eXPerence"から取った、というのは卓見ですね)。

同時に、天皇陛下の言葉を残したといわれるメモも、ボイスレコーダならともかくたとえばこういうPC上のデータだとしたらあれほどの騒ぎを起こしえたかどうか。博物館に飾られるかどうかが重要とは言いませんが、ワープロを使って作る作家については記念館が出来たとしてもPCを展示して、というのはなんとなく雰囲気が違うように思えます。この意味では、既に「文豪」という言葉は死んでいるのでしょう。


このBlog自体もそうですが、誰でも自由に発信できるが故に書き物自体の価値は下がっていく。本物足りえることの条件は帰って厳しくなっているようです。




2006 07 24 [日記・コラム・つぶやき] | 固定リンク

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