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2006.10.17

企業PCの行方とマネージメント

IT Proに、最近「企業向けPCはなくなるのか」という趣旨の記事が何回か載っています。社員にクーポンを渡して自由に買わせることで管理から開放されるというのと、逆にシンクライアントが主流となり「PC」は姿を消すのでは、という意見です。これはある意味どちらも同じ面を見ているように思えます。すわなち、「社員をどう生かすか」、「生産的な業務に生かせるか」ということです。

PC、すなわちパーソナルコンピュータは、その元々の成り立ちから「自分でコンピュータのパワーを自由に使いたい」という立場です。往時、コンピュータは大きな部屋に鎮座しておりユーザは順番待ちをしたりして「自由に」は使えませんでした。管理は楽でしたけどね。そして、「PC」が普及する過程では、そのパワーに魅せられた人たちが沢山現れています。ビル・ゲイツもその一人と言って良いと思います。Windowsも出た当初セキュリティよりも自由度を重んじた構造をとっていました。どのアプリにも自由にアクセスできる、という発想ですね。攻撃者から見れば穴だらけですが、管理よりも自由を取った、という精神が根底にあると思えます。

翻って企業から見た場合、昨今の情報漏れ騒ぎなど「リスクマネジメント」という観点からはユーザの自由度は低いほうが良いわけです。「出来ること」を狭めておけば、それに反する「反社会的なこと」は最初から出来ませんから。ただし、同時に新しい発想を奪うことにもなってしまうでしょう。実験も出来ないわけですからね。

このように書いていくと、これらは「企業」という言葉で一括りにしてしまうこと自体に問題があるかもしれません。開発優先、EUCが発達している企業ではシンクライアントではその能力が落ちてしまうだけでしょう。逆に、本当にメールが出来てWebを通じた情報を見るだけ、というところまで行ってしまうとPCの自由度が逆に仇になってしまうケースが出かねません。

PCを使うということは、自由には責任が伴うという例の一つと考えれば、社員をその行動の動機付けを含めてきちんと管理できているか(縛る、では無くて信じられる、とういレベルになっているかという意味で)という面で、PCを使える企業か否かが決まってくるように思えます。



2006 10 17 [経済・政治・国際] | 固定リンク

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