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2007.02.08

刑事裁判とはなんなのか

犯罪被害者が刑事裁判に参加できる制度が法制審議会で答申されました。当事者でありながら事実上蚊帳の外にいた犯罪被害者にとってはやっと参加できるようになったという思いでしょう。ここでは、改めて「刑事裁判」とはなんなのか、という事が問われているのかもしれません。

新聞の解説記事では、刑事裁判は「社会の秩序を保つ為」に国家が刑罰権を持ち、客観的に判断して訴追し、裁判によって量刑を決定するものである、というように読めます。まあ、正しいでしょう。では、今色々と問題になっているのは何か。被害者感情に照らし合わせた場合、「家族が殺された」事に対する刑罰が懲役10年程度では軽い、ということに社会も動きつつあるように感じているからのように思えます。

これは、「命の価値」がどんどん高くなっているということなのかもしれません。経済や医学の発達などで、人は簡単には死ななくなりました。それだけ、何か事件や事故にあった時の衝撃も大きいのでしょう。「予想外」の度合いが大きいだけに。

そして、その衝撃が大きさが期待する量刑に反映しているようにも思えます。「私がこれだけの衝撃を受けたのだから、犯人も同程度の衝撃を与えられるべきだ」 これがいわゆる「国民感情」であり、量刑を決める基礎になると思われます。なにせ、犯罪に対する量刑には科学的根拠など存在せず、国会で決めるということは、国民感情において大体納得されるだろうと思われる程度しか根拠が無いのですから。

贅沢になった分、相手を許せるようになるかというとそうではない、失うものが大きくなっていくということが社会の「保守化」という事につながるのでしょう。それはやむを得ないと思います。であるならば、この国民感情を慰撫することが出来ない刑事裁判だとすれば、これは社会秩序を維持できないことになり目的を達することが出来なくなってしまいます。

今回の答申に対して弁護側の立場や法廷秩序を危惧する報道が多いようですが、自分を守ってくれない、と感じさせるような社会に対して秩序を守っていこうというインセンティブは働きません。誰が社会を維持しているのか、ということは忘れないようにして欲しいし、これを守っていくことが国家秩序を維持していくことではないのか、と思っています。

(疑わしきは被告人の利益にという原則は理解しますし、刑事裁判自体の歴史が国家権力の行使そのものであるため弁護側を強くする方向に動いてきたことは事実でしょうが、では「被害者」の立場で動いてくれる人を作るシステムは無いのか、ということですね。今回のシステムが動き出せば、さらに法廷で検察側に経つ被害者の「代理人」が出てくる可能性もあるように思えます)。

2007 02 08 [日記・コラム・つぶやき] | 固定リンク

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