« June 2007 | トップページ | August 2007 »

2007.07.30

著作権だけど、利用者の立場は?

著作権の延長問題がずっと引っかかっています。というより、日本語が悪いような気が。copyright(複製権)などとしたほうがよっぽどしっくり来ますね。

まず、著作人格権は無期限でしょう。作者は誰か、ということは一度確定してしまえばこれが有効期限があるような性質のものではないと思います。まさか鉄腕アトムの作者が誰、ということが期限付きというわけは無いでしょうし。

ですので、もっぱら「利用して商売をする権利」、正確には「商売をする許可を出す権利」の期間が問題になっているということでは無いかと理解しています。


ここで問題になるのは「観客」の立場ですね。観客は出版社なりが出すものをありがたく頂くしかないのか。別に切った貼ったと改変をするわけではないのに、見たいものが見られない、という状態に置かれているのではないのか、と思うのです。

そこで、個人的な考えですがいわゆる著作権の定義を「利用時に金額を設定できる権利」とでもしたらよいのではないでしょうか。この考えの肝は、「出版そのものは止められない」ということですね。

今の著作権の考えは「ポジティブリスト」的な発想であり、「許可したものしか出せない、逆に言えば出版そのものを停止できる」権利です。いくらお金を積もうが、だめといったら出せない。これを逆に「復刻権」などを定義して、たとえば一定比率の金額さえ出せば誰でも出版が出来る(改変は不可)、としてしまえば、あとは市場原理に任せて受け入れられるもののみが残る、と思うのです。ネットにはなじみやすい考えですね。そして、この期間に応じて比率を可変にする、というのも運用方法としてはありかな、とも思えます。

この考えでは、著作者の権利は特段侵害されないと思えます。若気の至りを抹殺したい、という気持ち以外は、ですが。これはクリエーターとして世に作品を問う以上やむをえないと思います。逆に言えば、ロングテール的な商売も可能なのかもしれません。ただ、バリアの無い市場原理にさらされる、ということはありえますね。特に新人は過去の名作とまともに戦わざるを得ない、という状況が生じますから。

独占権を得ることに努力してきた出版社には大変かもしれません。この場合は、運用方法で独占性をどこまで認めるか、という議論になると思います。

で、あとは利用者側。ある意味理想的な社会ですね。「いつでも思い出の作品が読める」となるわけですから。ただ、欲求が刺激されない分、利用金額が減ってしまう可能性はあります。


一般的な商売では、「欠品は販売機会の損失であり、これは最小化すべきである」なのですが、ことこの手の作品商売ではこれは逆のようです。ただ、技術的にこれが可能になっていて商売になる要素が見えつつある今、著作権とはなんなのか、ということを改めて見直していく必要もあると思えます。

2007 07 30 [経済・政治・国際] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック