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2009.11.28

金融が主役ではシステミックリスクは防げない

金融危機という状況が長く続いています。日本ではもう10年以上、世界的にも昨年のリーマンショックから、ドバイの破綻に近い状況まで、どちらもファイナンスの限界というところに突っ込んで閉まっているようです。リスクヘッジのはずの金融機関がどれもこれも逆にリスク要因となってしまっているのが共通の現象でしょうか。


まず、金融とは何か、とを考えた場合金はないけどアイディアはある、というところに対して後払いという形で融資をするというところが発端でしょう。谷をわたるための橋ですね・また、今はだめでも後から返す、ということでそのシステムが破綻するのを防ぐという一時的な借入、とういことでもあります。もちろん、未来はだれにもわからないので沈みっぱなしということも当然ありうるので、そのリスクも勘案した利子を取っているものと理解しています。

で、ここで問題になるのが金融機関自信が利益を追うようになるとどうなるか、ですね。もちろん企業である以上存続し続けるには利益が必要なのですが、いわゆる分を超えた形で乗り出していき、わざわざリスクを高くしているように思えるのです。

で、自らが失敗すると政府が助けてくれるというのは相当虫のよいシステムを作ったものだと思えます。

それでは、今後どのようなシステムが望ましいのか。経済成長を考えた場合、「強欲」なシステムはある程度許容していく必要があるでしょう。世の中きれいごとでは動かないのはまた事実です。ただ、マッチポンプ的な要素もどうか、とも思えます。

で、金融危機に戻りますが、これが「危機」なのはその破綻した企業に融資をしていてそれがだめになると、その金融機関から借りていた他の破綻とは無縁な企業にまで「貸しはがし」なり、「貸し渋り」といったことが起きてしまう、とばっちりを受けてしまうことが問題の一つでしょう。これは大手メーカーの倒産による取引企業の連鎖倒産、というのとは状況が異なっていると思えます。

極論ですが、融資相互に「ファイアーウォール」を設けて一つの破綻が他の企業に影響しない仕組みというのが必要なのかもしれません。貸し倒れ引当金がそうだ、といわれるでしょうが、実質機能していないようです。ましてや、CDSなどを作ってしまってむしろ相互関係が強くなってしまったことがより問題を大きくしているように思えます。

融資案件ごとにマイクロバンクとして管理する、というのも極端なことでしょうけど(100%の引当金というのもね)、全部一体なので受け止めきれる限界を超えている、というのも問題である、というのが今回の教訓ではないかと思っています。

2009 11 28 [経済・政治・国際] | 固定リンク

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